はじめに
「デジタル・ナレッジ カンファレンス2020新春」はeラーニング専業プロバイダであるデジタル・ナレッジが、教育における課題解決のヒントや気付きを提供する場として開催したイベントだ。
第二部の特別講演では、イーオン 経営戦略本部 事業開発課 課長の箱田勝良氏と、アダプティブエンジン「Knewton」の日本担当ディレクターであるワイリー・パブリッシング・ジャパンの本間達朗氏が登壇した。なぜ、イーオンはAEON DXを推し進めるのか。また今回開発したAI Study Design Grammarとはどんなシステムなのか。開発ではどんな点に苦労したのか。
イーオンがアダプティブ・ラーニングを取り入れた背景
まず、英語学習におけるデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいるイーオンの箱田氏が登壇した。
講演前日の1月22日、イーオンはAI Study Design Grammarを2020年4月1日から導入することを発表。AI Study Design Grammarはアダプティブラーニングエンジンにより、学習履歴をデータ・分析し、学習者それぞれが苦手な文法項目に絞った学習を実現するためのシステムで、同社が推進しているAEON DXの一環として取り組まれたプロジェクトが結実したものである。
なぜ、イーオンはアダプティブ・ラーニングを活用したAI Study Design Grammarの開発に取り組んだのか。英会話力はコミュニケーション力、文章の構成力、文の構成力、知識で構成される。「知識の復習に時間を大きく割くと話す時間がなくなってしまうので、レッスン時間は会話練習がメインとなります」と箱田氏は話す。
しかもイーオンの場合、社会人の受講生が多く、レッスンに来られるのは週に1~2回。レッスン時間外で勉強したくても、自学時間の確保が難しい。しかも知識レベルや課題などは受講生によって異なる。
これらの課題を解決するための手法として取り入れようと考えたのが、ICTを活用して一人ひとりの習熟度・理解度に合わせた学習法を提供する仕組み、アダプティブ・ラーニングである。「アダプティブ・ラーニングの仕組みを提供する企業をいくつか見ました」と箱田氏。その中で選択したのが、米John Wiley & Sons, Inc.が開発・提供する、アダプティブラーニングエンジンの「Knewton」である。そして国内で多数の学習管理システム(LMS)との連携実績を持つ、デジタル・ナレッジに開発の協力を依頼したという。
AI Study Design Grammarの特徴と効果
AI Study Design Grammarの最大の特徴は、「15問からなるプレイスメントクイズからスタートすること」と箱田氏は説明する。イーオンの受講生は年齢層や知識レベルが幅広いので、プレイスメントクイズを実施することで、「受講生の苦手なポイントをあぶり出す」というのだ。
例えば仮定法が苦手だと分かると、仮定法に関する演習が始まる。「Knewtonのエンジンを使って、アダプティブに出題されていきます」と箱田氏。誤答の多い問題が見つかれば、それに関する文法の解説が表示され、それが理解できれば再び演習が始まる。
「理解できれば演習へと進み、問題を解く。正答率が一定ラインに達すると次に進むことができる。解説後も誤答が続くと、つまずいたと判断され、より基礎的な文法を学習する流れになっています」(箱田氏)
そして仮定法に関するすべてがクリアできたら、最初のプレイスメントクイズに戻り、新たな苦手ポイントの学習へと進むことになる。
AI Study Design Grammarを導入した際の英語学習におけるDXの効果について、箱田氏は「受講生が自宅で勉強ができるだけではありません。学習したデータを講師がモニタリング可能になることで、レッスン時に声かけできるようになったことが大きいです」と話す。例えば課題を克服した受講生に対しては「助動詞マスターできましたね」、苦労していると見られる受講生に対して、「何か質問がありますか?」と声かけするなど、対面で講師がフォローできるようになるという。
同社では4月からの全国展開を前に、講師に対して研修を実施している。その研修では、「『AI Study Design Grammarの導入は、人とITがより得意なことを効率的に実施するため』ということを伝えています。人が行ったほうが効果の出ることは、アナログで残していきます」と、箱田氏は言い切る。AI Study Design Grammarの場合、講師はモチベーション管理やつまずいた単元の学習サポート、リアルな英会話レッスンとの融合、学習比重の調整を担当。一方のITは課題単元のアサイン、学習時間管理、学習履歴管理、学習の利便性アップを担当するという具合だ。
ナレッジグラフの作成に苦労
AI Study Design Grammarの開発にあたり、最も苦労したのは「ナレッジグラフの作成でした」と箱田氏は明かす。先述した通り、一人ひとりの受講生の単元に対する理解度を測定し、その数値によって次の問題に進んだり、より基本的な問題に戻ったりといったアルゴリズムは、ナレッジグラフを作成することで実現している。つまりこのナレッジグラフの作成が、AI Study Design Grammarが使える学習方法かどうかを左右すると言っても過言ではない。そのナレッジグラフの作成については、単元の数が多いこともあり「本当にここに戻して良いのか」と、試行錯誤しながら組んでいったという。
もうひとつ苦労したポイントが、文法項目間の難易度の調整だった。文法には型、意味、使い方の三要素がある。
「問題形式をどうするか、どんな場面で使っているものにするのか、日本語訳をつけるのか否かなど、語彙の調整も含め、難易度を合わせていくのに苦労しました」(箱田氏)
AI Study Design Grammarは4月から全国の受講生が使用する。学習データが溜まることで、苦手な文法項目などが分かってくる。「その結果によって、ナレッジグラフおよび難易度を調整し、コンテンツを追加することも考えています。将来的には文法項目だけではない問題の追加も視野に入れています」と展望を語る。
データの活用は、AI Study Design Grammarの改善や追加だけに用いられるわけではない。「新コース作成やセミナーの開催なども検討していきます」と、箱田氏。
そのほか、データは講師の指導力やアドバイス力の向上にも活用していくという。
「文法項目別の習得時間なども把握できるので、『ここはみんな時間がかかるところだから安心して』とアドバイスをするなど、伸び悩んでいる受講生を救うこともできると考えています」(箱田氏)