EdTechには効果を示すビフォーアフターが必要
佐藤氏は、デジタルハリウッド大学の教授としての肩書を持つが、教育イノベーション協議会 代表理事他、麹町中学校 学校運営協議会委員、未来の教室(経済産業省)、公教育へのパブリッククラウド活用(総務省)、EdTech Japanや日本版SXSWを目指すEdvation Summitなど、EdTech分野の研究を多数行っている。
自らの仕事を「日本の教育イノベーション」と表現し、テクノロジーの力とイノベーターの想像力で教育を変えていきたいと話す。
「メディアにはXTechと総称される、フィンテック、アグリテック、リーガルテック、ヘルステックといった言葉が氾濫している。EdTechもその1つだが、文科省のみならず、総務省、経済産業省の政策、内閣の未来投資戦略、Society 5.0にも掲げられている重要なキーワード」と前置きし、では「EdTech」とはなんだろうかと問いかける。
この疑問に答える代わりに、佐藤氏はデジタルハリウッド大学の学部1年生が作った動画を見せた。動画では、まず映像授業やスマートフォンの活用により、学びの在り方を変えるとした。これらのテクノロジーを使えば、学校に行って授業を受ける必要はなくなる。意欲があれば、学習ができる環境が整備されてきている。
次に学びの個別化について紹介する。授業のパーソナライズ、学習履歴や理解度に応じた教育なども、テクノロジーを使った教育スタイルの変革だ。アダプティブラーニングを活用すれば、集団授業でよくある「簡単すぎる」あるいは逆に「ついていけない」といった問題を解消できる。継続的なログを使えば、テストだけに依存した評価システムも変えられる。
EdTechによる教育の変化は、授業をパーソナライズし、授業スタイルや評価に多様性を持たせる効果がある。課題もある。学校のネットワーク環境や、EdTechを実践できる教師、トレーナーの不足だ。
動画での紹介を受けて「EdTechとは学びの選択肢を増やし可能性を広げるもの」と佐藤氏は定義した。しかし、「単にテクノロジーを活用しただけではEdTechと言い難い。またAR、VR、AIなど最新テクノロジーを使うことも本質ではない」ともくぎを刺す。たとえコモディティ化した技術だとしても、イノベーションが伴うものかどうかがEdTechを定義づけると主張する。
イノベーションとは、結果に対する変化である。それによって学習効果が上がった、時間の使い方が変わった、新しいビジネスが生まれた、といった劇的な「ビフォーアフター」が必要だという。そして、このようなEdTechは産業も再定義するだろうとした。
EdTechは単なる授業の効率化ではない
テクノロジーによる効率化や業務改善ではXTechとは言わない。金融業界ではATMやオンラインバンキングまではフィンテックとは言わない。ブロックチェーンあたりから、フィンテックと呼ばれている。教育分野でも学校ICTやeラーニングではEdTechとは言わない。では、その先の何がEdTechを定義づけるのか。
佐藤氏はそれを示すため、世界のEdTechの潮流について、いくつかの事例を紹介した。1つは、教育格差の解消だ。モンゴルの少年が無料のオンライン講義「edX」の電子回路の授業で満点をとり、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授がその少年を大学に招いた。彼はオンラインの大学コースがなければこのような機会に恵まれることはなかったかもしれない。
クラウドファンディングを使った学校活動の支援も行われている。授業で美術館や博物館に行きたいが予算がない環境の場合、海外では、クラウドファンディングや類似のしくみで資金を集めることがあるそうだ。出資者には、金銭的なリターンはないが、美術館などに行けた生徒が、感想や御礼を書き込む。地域が教育に貢献できるしくみとなっている。
学校そのものの在り方を変えた事例もある。ミネルバ大学は、キャンパスを持たずオンラインの授業が基本だが、例えば、国際情勢を学ぶために、現地に行ってその場からオンラインで他の生徒と議論をするといった授業を展開している。この大学では、先生が6分以上話すとクビになるも言われるほど、知識を教えるのではなく、学習者中心の授業を徹底している。入学自体が狭き門で、ハーバードより難しいとも言われている。
これらの例が示すように、単に学校の授業など方法論の改革にとどまらず、「テクノロジーによって学校の外の社会やしくみに新しい関係を築いているか」が、EdTechを特徴づけている。