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EdTechビジョナリーインタビュー

子どもたちが学び合う「協働学習」の実現に向けて――コードタクトの後藤正樹氏が目指す「主体的に学ぶ環境づくり」とは?

EdTechビジョナリーインタビュー 第10回

 コードタクトが提供する「schoolTakt(スクールタクト)」は、Webブラウザを利用して「学び合う」環境を創出し、協働学習・アクティブラーニングを実現する授業支援システムだ。その開発に携わり、同社の代表取締役である後藤正樹氏は、現役の指揮者という異色のプロフィールを持つ。そんな後藤氏が「schoolTakt」で実現しようとする「協働学習」が目指すものとは何か。「schoolTakt」の開発経緯にはじまり、後藤氏自身の個人的な経験や日本の教育に対する思いまでお話を伺った。

一斉授業への違和感から、「協働学習」の価値に気づく

株式会社コードタクト 代表取締役/Conductor 後藤正樹氏
株式会社コードタクト 代表取締役/Conductor 後藤正樹氏

――株式会社コードタクトが提供する「schoolTakt(スクールタクト)」は、Webブラウザを利用して「学び合う」環境を創出する授業支援システムとして注目されています。まずは開発までの経緯や思いについてお聞かせください。

 開発においては私の個人的な経験が大きく影響しています。もともと指揮者になりたいと思い、高校時代は親には内緒で指揮のレッスンを受け、音大に行きたいと思っていたんです。でも「自分は音楽で食べていけない」と、そのときは勇気がなく、得意だった物理を学ぼうと大学に入り、大学院にも行きました。それでもやはり音大で学びたくて、学費を貯めるために予備校で物理の講師をしていました。

 予備校は完全に一斉授業でしたが、授業がうまい先生が多く、授業の面白さに惹かれ学ぶことが楽しくなる生徒も多くいました。しかし、はたと公教育を振り返ってみると、「そんな先生が日本で何人いるだろうか」と疑問を感じました。もちろん、日本は全国的に均一で高品質な教育が提供できていると思います。しかし、先生の教え方のスキルや子どもとの相性で、子どもの学びに影響があるのではないか。私自身が物理を好きになったのは先生のおかげで、その出会いがなければ物理を学ぼうと思わなかったかもしれません。それだけ先生の及ぼす力は大きく、裏を返せば、ネガティブな影響もあるだろうと思ったのです。

 先生が主体の教育方法では、その先生の学び方・教え方と合った子どもにとっては問題ありませんが、反対に適応できない子どももいるでしょう。例えば山を登るのにさまざま方法やルートがあるとして、先生の決めたルート(学び方)で登るのではなく、ルートを選べる自由があるほうが子どもたちにとっても望ましいはず。学びの場の主役を先生から子どもたちにすることが「協働学習」の本質であり、そのためにはICTを使うことが有効だと考えたのです。そうして現在の「schoolTakt」につながる構想が生まれたのが、2010年でした。

 予備校の講師をしていた経験が、その後の「未踏IT人材発掘・育成事業」(※注)でスーパークリエイターとして選出されるきっかけにもなりました。大学で導入されることが多いオープンソースの教育者向け授業支援システム(Learning Management System、LMS)「Moodle」が学校現場で扱いにくい印象だったので、それを解消し、大学だけではなく広く小学校から使えるものにするべく私は「デジタル教科書用後付LMS」を開発しました。具体的な違いとしては、教材を登録する際にシステムの作法に合わせて再編集する必要があったのですが、その手間と時間を省けるようにしたのです。

※注:ソフトウェア関連分野で優れた能力を有する若い逸材を発掘・育成することを目的に2000年よりIPA(独立行政法人 情報処理推進機構)が実施。

 最初は先生主体の授業の最適化を考え、先生が教えやすくするためのツールとして位置づけていました。通常は授業を受けてから家で復習をする方式ですが、まず動画で予習し、授業の演習で学びを深める「反転授業」ができないかと思ったのです。Ustream(以前存在した動画共有サービス)などを使って実現したのですが、塾からの評判は良くても学校の先生からの反応は今ひとつでした。その要因を考える中で、「発達の最近接領域」と「自己調整学習」の2つの心理学理論にたどり着きました。

 「発達の最近接領域」は1人でやるだけでなく、「ほかの人」と協力することで何かを成し遂げることによって子どもたちは達成感や成長意欲を獲得していくこと。そして「自己調整学習」は、自分の能力を発揮するために意識的、自発的に学習していくこと。これらこそ今の学びに必要なのではないかと考え、「schoolTakt」を開発していったのです。

「みんなとならできる」、その実感が日本の教育を変えていく

――「schoolTakt(スクールタクト)」による協働学習で、子どもたちの学習や体得するものはどのように変わっていくのでしょうか。

 最初に「発達の最近接領域」について学んだとき、学習を支援してくれる「ほかの人」は先生のイメージでした。でも、自分に近い存在であるほかの子どもができる様子を見て学ぶほうが断然効果的なのではないかと考えるようになりました。例えば、大人がフォークを使うのを見るより、同年齢の友だちが使っている姿を見るほうが、自ら「フォークを使おう」とするでしょう。

 そして、これまでの教育には「自己調整学習」が圧倒的に不足していました。これができている子どもは、目標を定めて自分をモニターしながら主体的に学ぼうとする「メタ認知」、何のために学ぶのか意識しながら努力しようとする「動機づけ」、学習のための環境や情報、援助などを求めて実行する「学習方略」の3つの過程で能動的です。

 なぜ「自己調整学習」が不足しているのか。「動機づけ」に関しては、これまで体系的に学ぶ「系統学習」が日本の公教育の主流だったことが大きいでしょう。例えば丸太小屋づくりから学ぶというような「経験学習」は、やろうとしても時間もコストも足りなかった。それがないままに系統学習に偏ると、学習の「動機づけ」がしにくく、「どうして学ぶのか」がわからないまま学習することになります。

 また「メタ認知」については、そうした習慣が日本の教育になく、唯一のモニターであるペーパーテストも点数ばかりが強調され、「なぜ間違えたのか」「なぜ解けたのか」には注意が払われない。自分で自分を評価することが大切なのに、テストでは他人からの評価と受け取られがちであることも「メタ認知」を阻害する要因です。

 そして「学習方略」についても、これまではあまりにも画一的過ぎました。人それぞれ認知能力が異なるのに、一斉授業で板書を書き写してドリルによる反復学習などを行う……同じ学び方なのはおかしい話です。

 いまやICTの登場で系統学習が効率化され、経験学習も行いやすくなっています。一人ひとりの興味関心に先生だけでなく、いろいろな方法で応えられるようになってきました。また、「メタ認知」を支援する学習進捗のツールも登場しています。そして「学習方略」についてもさまざまな方法が選べるようになっています。

 しかし、技術的にできるようになったからといって、今の学校の仕組みをすべて取り払うのは現実的には難しい。現状の制約条件の中でいかに「メタ認知」「動機づけ」「学習方略」の3要素を取り込んでいくのか。取り込める環境をどうやって創出するのか、考える必要があると思いました。

 まず変えるべきなのは「先生のマインド」でしょう。しかし、子どものころから先生となるための教育まで、一方向で学んできた人が「いきなり変えろ」と言われても戸惑うだけです。しかし、スマホを使うようになって地図も時刻表も見なくなったように、道具があれば行動が、そしてマインドが変わるかもしれません。「schoolTakt」を使うことで、例えば「みんなで学ぶと効果がある」という気づきが得られたら、「主体的な学びの方法を学び実践しよう」と思うように、マインドや行動も変わっていくのではないでしょうか。その結果、制約がある中でも「主体的な学び」が実現することを期待しています。

外からの評価よりも「自分がやりたいこと」を貫く力を

――そもそも後藤さんは東京大学で物理を学ばれ、さらに音大に進学して指揮者になられています。「学び」において「なりたい将来像」は大きな「動機づけ」になると思うのですが、ご自身を振り返ってどのように思われますか。

 「物理学者か? 指揮者か?」と考えると、自分にとっては「どちらもやりたい」だったんです。ただ、指揮の勉強をしていることは親には内緒でした。「食べていけない」と言われるのは目に見えていたし、自分でもそう思っていました。だから音大に受かって報告したときは、親はびっくりしていましたね(笑)。確かにどちらも「なりたい」から勉強していたし、その「動機づけ」があったからこそ努力もしてきた。その自覚はあります。

オーケストラの指揮を執る後藤氏 (c)Yutaka NAKAMURA
オーケストラの指揮を執る後藤氏 (c)Yutaka NAKAMURA

 でも、「未踏」でスーパークリエイターに選出されたのも、プロのオーケストラで指揮者をできているのも、社会や他者からの評価・要請があったからです。言ってみれば、タイミングが良かったから(笑)。例えば「未踏」で選出された2010年は、前年に民主党政権で「原口ビジョン」が示され、デジタル教科書の配置の声がけがされた時期です。iPadが発売され、私自身も発売初日に購入し、デジタルコンテンツとタブレットの結合があれば面白いことができると感じました。さらに技術的要因として2009年にはWebSocket(Webアプリで双方向通信を実現するための技術規格)のドラフトの策定があり、Node.js(プログラミング言語であるJavaScript環境のひとつで、アプリケーションにおいて高速なやり取りを実現する)が登場し、タブレットで双方向通信がかなう期待がありました。そもそも私が素早く作れるのがWebアプリで、「それで何ができるか」が前提でしたから。

 「schoolTakt」として実際の現場で使われたとき、Webブラウザベースだから軽くてサクサク動くことに気づきました。ネイティブアプリ(App StoreやGoogle Playといったストア経由でインストールするアプリ)だと学校ではインターネット回線が遅いため頻繁なバージョンアップが難しく、面倒なんですよね。後付けでしたが、結果として優位性になりました。

 さらに強みとしては「ログの分析」ができることと、代表である私自身が予備校や高校で「教える」という経験を実際にやっていることもあります。NPO法人FTEXTで検定外数学教科書の開発に参加して、そのメンバーで会社を設立し、高校で教えていたんです。私は現在そちらの事業からは離れていますが、当時からやはり「公教育を変えたい」という思いがありました。

 学校の勉強には答えがあるから予習をするのも嫌、一斉授業も好みではなく、同じことを学ぶなら自分が考えた方法で学びたいし、やってみたいことをやりたい。子どものころから一斉授業は時間がもったいないと感じていて、「もっと自分のやりたいことができるはずなのに」と考えていました。先ほど塾講師時代に公教育の不条理に気づいたと言いましたが、もっと以前から違和感があったということでしょうか(笑)。

 そう感じる人も昔に比べると多くなりましたし、時代の流れもあり、社会が求めるスキルと学校との学びのギャップに気づいている人が増えてきています。極端に言えば、「答えがあるものに対して答えを出す能力は不要で、その人自体が主体的に独自の学びをしているほうがいい」という流れになりつつあります。「schoolTakt」も、今でも日々学び続けている先生ほど良い反応を頂いています。

 私のプロフィールについて、「いろいろ実現できてすごいですね」と言ってくださる人は多いのですが、「未踏」の選出も、「schoolTakt」が評価されたことも、指揮者としてプロのオーケストラを相手にタクトを振れるようになったことも、自分が歩いてきた道と世の中がたまたまそういうめぐり合わせになったからだと思っています。ずっと指揮者の勉強をしていたと言いましたが、オーケストラに対して指揮をするなんて機会は滅多にまわってこず、ずっと「ピアノに向かって1人で指揮棒を振り続ける」練習を、中学生から起業後の30歳くらいまでやっていましたから。「これっていつ使えるんだろう」と思いつつ、止めなかった。

 もちろん評価されることはうれしいし、目標になることもあるでしょう。でも、本当の意味で、学びたい、やりたいことをやるというのは、実はもっと根源的なものではないかと思うんです。そして、そうした学びをもっと子どもたちに提供できる環境を作りたいと思っています。

次のページ
教育の現場に不可欠な「相互にリフレクションする環境」とは

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この記事の著者

伊藤 真美(イトウ マミ)

エディター&ライター。児童書、雑誌や書籍、企業出版物、PRやプロモーションツールの制作などを経て独立。ライティング、コンテンツディレクションの他、広報PR・マーケティングのプランニングも行なう。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です


森山 咲(編集部)(モリヤマ サキ)

EdTechZine編集長。好きな言葉は「愚公移山」。

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