子どもたちの「AIにやってもらいたいこと」から伺える、本当の学校の価値
それでは実際に、現場ではどのような捉え方をしているのだろうか。2024年12月には文部科学省で「『教育データの利活用に係る留意事項』に関する自己点検及び実態把握調査」が公表された。これには98%の教育委員会が回答しているが、「個人情報を取得する際の同意の取得」については、54%が「取得していない」としており、収集している個人情報の種類として、「デジタル教材での学習記録」「テストへの回答」「端末やデジタル教材の利用状況」「児童生活アンケートへの回答結果」などが含まれる。


これらの多くの情報が同意なく取得されていることについて、松本氏が実際に自治体を巡ったところ、情報や知識に関して、文科省と自治体間、自治体内の各レベル(都道府県・市区町村)、教育委員会と教員間で大きな格差があることが判明した。多くの教育委員会では「IDとパスワードで管理していれば個人を特定できないため同意は不要」と考える実態があるという。
その理由として、松本氏は「(1)自治体によって情報や知識の格差が大きいこと」「(2)文科省からの情報が現場まで十分に届いていない実態があり、コンサルティング企業の関与でも格差は縮まらないこと」「(3)AIやデータを利活用したいという意図があること」を挙げた。その背景には「(1)忙しさや世代間格差から教師同士の交流・対話が十分になされておらず、経験共有が難しくなっていることから、その不足を補うため」そして「(2)保護者との関係構築において、データを示すことで保護者の理解を得やすくなるため」「(3)限られた予算内でよりよい教育を実現したい」という現場のニーズがある。
それでは当事者である子どもたちはどのように感じているのだろう。松本氏は、東京都杉並区天沼小学校の6年生28人を対象に、文部科学省が示す「学校教師が担う業務に係る3分類」の14項目に加え、「授業」「先生間の連絡会議」「先生自身の研修」を含めた17項目について、「AIに任せたいか否か」「10年以内に実現可能かどうか」などを調査した。

調査結果からは、17業務中13業務について、子どもたちは「AIにしてほしくない」と考えていることがわかった。「AIにしてほしくない対応」のトップ3は「支援が必要な子や家庭への対応」「給食対応」「休み時間対応」だったという。実際、先生は給食時間中に採点をし、2分で食べ終わってからも採点している。その様子を子どもたちは給食を食べながら見ているわけだが、それでもAIにしてほしくないという。一方休み時間には、先生とおしゃべりしたい、一緒に遊びたい、話を聞いてほしいといった声が多く見られた。「支援が必要な子や家庭への対応」についても、「AIには無理」と回答しており、10年後も実現できないとしている。

一方、「AIにしてほしいこと」については、「掃除」「集金・保管」「授業準備」「ボランティアさんとの調整」となっている。これまで掃除については「自分たちの学びの場をきれいにする=心を清める時間」と捉えられ大切にされてきたが、実際には仕方なくやっているのが現実だ。その自動化を求めるのは当然とも言えるだろう。
ただし松本氏が「解せない」というのが、授業のAI化だ。いわば教師にとっては勝負どころであり、高度な作業と言える。しかし、子どもたちは「AIでできるようになる」と考えている部分もあるという。その理由は、そもそも子どもたちの回答が予想以上に多様で、特に授業に関する認識に大きな違いがあったからだ。例えば、算数の計算問題に取り組む授業であればAIで十分だと考える子どもがいる。一方で、国語や道徳などの討論を通してさまざまな考えに気づく授業は、10年後でもAIには不可能だと考える子どもも多かった。そして、自由記述では「人間の感情が必要」「わからないことや違う考えなどを話し合うのはAIではダメ」「人生経験がないから」などの回答があった。

また、特に女子児童はAIへの警戒心が強く、人間の教師への期待が高いという性別による違いも見られたという。特に「人間性」へのコメントが多く、授業でのちょっとした雑談が印象に残っているという子どもや、テストの採点で面白い回答として見てくれたことを挙げる子どもが多かった。
松本氏は「大半はAIにしてほしくない。AIにしてほしいことは作業であり、授業はAIにしてほしくないけれど10年以内に実現すると予測する子どもも4割程度いる。大人の思惑と乖離しており、教師との関係性によっても回答が変わってくる可能性がある。その際、果たして子どもの意見を尊重できるのかが課題」と語り、天沼小学校の校長である薩摩博之氏も「子どもたちが求めているのは、人と関わり安心して学べることだと感じた」と評した。
