小中高世代のICT教育の現況と、公教育の限界
現場への教育ICT導入の可能性を模索し、幼稚園から大学までの教壇に立つと共に、学校の先生向けの研修プログラム設計や授業計画コンサルテーションなどを行ってきた為田氏。ここ数年は「ICTをどのように導入するか」という相談が圧倒的に多いという。iPadやプロジェクターを導入したものの、使いこなせていないという「ハードウェアありき」の導入も少なくなく、現場での混乱はまだ続いているようだ。
為田氏は「東京にいるとICT教育は身近であり、地方でも積極的な取り組み事例が登場しているが、多くの現場はいまだ戸惑いの中にある。学校に足を踏み入れると『懐かしい』という感想を持つ人が多いと思うが、『変わっていない』ことが許される『現場』は他にないだろう」と憂慮し、「変えなければという認識はあるものの、なかなか内部から変革していくのは難しい。民間も含めて地域全体で取り組むべきではないか」と語る。
「そもそも教育は情報化するべきなのか?」導入が遅れがちな現場では、その議論に対し、「ICTで一気に何もかも変わる」と期待する人と「まったく意味がない」と考える人に、二極化する傾向があるという。
為田氏は「教育×ICTは『魔法の杖』ではないし、『すべてを置き換えるべき』というものでもない。メモをとる際に鉛筆なのかPCなのか、人それぞれ異なるように、ICTはツールでしかない。『導入するかどうか』よりも『どう使うか』が肝心だ」と語り、「まずは当たり前のことから考えるべきではないか。『ICTだからよい・悪い』と思考停止に陥ってはならない」と強調する。
一方、ここ数年で国の動きは大きく変わってきている。2019年6月25日には文部科学省から「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策」の最終のまとめが出され、積極的なICT導入が指示されている。さらに同日の夕方、経済産業省から「令和の教育改革に向けた、『未来の教室ビジョン』」が発表された。「学びのSTEAM化」「学びの自立化・個別最適化」「新しい学習基盤の整備」の3つの柱で構成されており、研究会としての第2次提言となる。
文科省は当然ながら、経産省がICT教育に対する提言を発しているのは、私塾を管轄する役割を担うだけでなく、「経産省の責務として人材を育てる必要性を痛感しているからではないか」というわけだ。「文科省は従来の学校教育にどうやって積んでいくかを考えている。一方経産省は育てたい人材から逆算して教育を考えている。そこに温度差が生じているのかもしれない」と為田氏は語り、「国レベルではそう簡単には合致しないのではないか」と予測する。
本来なら、その合致点を調整するのは自治体や公教育などの役割かもしれない。しかし、それはそう簡単なことではない。「だからこそ、学校任せにするのではなく民間事業者の協力が必要だ」と為田氏は述べた。
学校を取り巻くICT活用の現状と先進的活用事例
ではまず、学校における主なICT環境の現状はどうなっているのか。毎年文科省から発表される「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」からその全体が伺える。例えば、教育用コンピュータ1台あたりの児童・生徒数については、2018年度末で全国平均5.4人であり、当面の目標は3人、2025年までには1人にしようとしている。なおトップは1台あたり1.8人の佐賀県であり、特に県立高校では1人1台保有し、県全体としての意欲が伺える。
一方、埼玉や千葉、神奈川、愛知などは教育用PC1台あたりの児童・生徒数が多く、環境としては不十分と言える。「しかし、そうしたハード面のICT環境整備の数字だけが問題ではない」と為田氏は語る。むしろ「何をすべきか」「何を学ぶべきか」の中身が大切である。
為田氏は、朝のドリルなどにタブレットでデジタルドリルを利用している事例を紹介。一見、これまでの学習と変わりはない。しかし、デジタルドリルを用いることで出題・採点や成績記録が自動で可能となり、表示される問題も1人ずつ異なれば、進捗も変わる。いわば「アダプティブラーニング(適応学習)」を実現することが可能になる。
「そうなったときに、先生は何をすればいいのか。『できなかった子』に対して支援したり、平均点を見て次の授業について考えたり、先生の知見を活用し、本来の仕事に集中できるようになっていく。文科省の『新時代の学びを支える先端技術活用推進方策』のど真ん中に『学びの個別最適化』を位置づけているように、これからの教育の中核となることは間違いない。これまでは、全員が同じ問題を同じペースで行うことが効率的だった。それがテクノロジーを用いて個別学習が可能になるとしたら、活用しない手はないだろう」
そして駿台予備学校における個別学習システム「atama+(アタマプラス)」の導入事例について紹介。atama+を用いた数学の学習時間は、数学Iで16時間、数学Aで15時間、合計で31時間だった(平均値)。これは通常の高校における習得時間の約1/5である。予備校の場合は受験合格が目標であり、習熟度を速く高めることに個別学習が活用される。一方で、為田氏は「公教育で勉強からドロップ・アウトした子どもたちのためにも活用することができる」と語る。
個別学習については経産省で実証事業も行われており、為田氏が関わった実感から「個別学習で効果を出すには、先生側の工夫やテクニック、経験が重要になってくる」と感想を述べ、「当然ながら教科によっては向き不向きもあり、すべての教科で可能かと言えば難しいだろう。どんなテクノロジーがあるかを知り、工夫によってさまざまな新しい学びの形の可能性があることを知ってほしい」と語った。
例えば、体育の授業で生徒2人が互いの演技をタブレットで撮影し合い、一緒に見て教え合う場面を作ることで、より効果的に側転などの技を習得できたという。また、音楽ではリコーダーなどの実技テストに使えば、1回だけのテストではなくて、何度もチャレンジする形式での実技テストを行い、効率的かつ正確に評価することもできる。
社会科の授業では、Google Earthを使うことで子どもたちの興味関心を高めることができる。例えば「リアス海岸らしさが伝わる写真を撮る」と課題を出せば、子どもたち自ら地図を検索し、日本国内だけでなく世界中のリアス海岸まで探すようになる。さらに3Dで撮影するなど、工夫する子どもも出てくる。結果、地球の見え方まで変わってきたという。
BYODにより一人ひとりが自分のiPadを持っている学校では、個別学習や教材配布などはもちろん、プレゼンテーションにも活用しているという。また、タブレットを全員が所持し、授業中に出された課題への答案を全員が画面で共有して答え合わせをしつつ、先生が解説にそのまま活かすなど、ちょっとした工夫で授業をわかりやすくなるようにしている。
為田氏は「いずれも成功している学校は、さまざまな取り入れ方をしており、柔軟性がある。ICTを入れるとICT縛りとなって選択肢が狭まるというきらいもある。大切なのは、学習者側に自由度や選択肢があることであり、テクノロジーを人間に合わせることだ」と評した。