ICT教育の推進を目指し、市町村の首長や教育関係者が集結
ICT教育の必要性が高まるにつれ、公教育の担い手である各自治体に対して、教育環境のICT化の実現と人材育成が求められている。その実現において、学校や教育委員会だけでなく、自治体のトップである首長が重要な役割を担っていることは間違いない。
そこで、全国各地の自治体首長が集まり「未来の子どもたちのために教育環境整備の充実を図り、日本のICT教育を前進させる」目標のもと、2016年8月に「全国ICT教育首長協議会」が設立された。もともとはつくばで開催されたICT教育のイベントに集まった首長が「情報共有のためのネットワークを作ろう」と思い立ち、全国に呼びかけて設立したのだという。
開会のあいさつにおいて、会長を務める佐賀県多久市長の横尾俊彦氏は「現在は、127市町村長が会員として参画し、文部科学省や総務省などの後援もあり、教育長などさまざまな関係者との交流を深めながら意見・情報の交換を行っている。これからも、お互いの心意気や情報を共有し、共に21世紀にふさわしい教育を作り上げていきたい」と語った。
なお国の方針としては、2018年11月に柴山文部科学大臣より「新しい時代の学びを支える先端技術のフル活用に向けて」として「柴山・学びの革新プラン」が示され、総務省では「地域ICTクラブ普及推進事業(地域におけるIoTの学び推進事業)」が平成30年度より開始されている。また経済産業省からは効率的な知識習得と創造的な課題の発見・解決能力の育成を両立する学習プログラムとして「未来の教室」が打ち出されている。
さらに文部科学省は2020年の「新学習指導要領」の実施を見据え、「2018年度以降の学校におけるICT環境の整備方針」を策定しており、実現のために「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画」として、2018~2022年まで5年継続で単年度1805億円の地方財政措置を講じている。うまく活用すれば大きな後押しになることは明らかながら、当協議会の調査によると、活用している自治体はまだ多くはないという。
そこで、地方財政措置を活用したICT化、ICT教育の課題と解決策という観点から意見交換や事例紹介を行い、ICTを活用した授業体験を行うことで、教育のICT化を推進しようというわけだ。
【基調講演】「地方自治体のための学校のICT環境整備推進の手引き」について
新たな時代の到来に際し、学校のICT整備の遅れは危機的な状況に
基調講演では、文部科学省 初等中等教育局 情報教育・外国語教育課長の髙谷浩樹氏が登壇。2020年より実施される「新学習指導要領」では、今後の教育の大きな柱として「情報活用能力の育成」と「学校におけるICT環境整備とICTを活用した学習活動」が重視されていることをあらためて強調した。実際、小学校でプログラミング教育が必修化され、中学・高校では内容がさらに充実し、特に高校では共通必履修科目として「情報Ⅰ」が新設。すべての生徒がプログラミングなど基礎的なICTの概念を習うことになる。
これらの学びを実践するためには、学校内におけるICT環境の整備が不可欠となるのは明らかだ。さらに文部科学省のみならず、主な政府方針・戦略においてICTは重視され、さまざまな議論が行われている。そのひとつとして、内閣総理大臣を本部長として省庁横断的に教育を議論する「教育再生実行会議」が紹介された。
先に触れた「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画」を実現するための年間1805億円の地方財政措置も含め、「国をあげて」学校のICT化を進めようとしているわけだが、髙谷氏は「学校のICT整備が目標に到達しておらず、危機的な状態にある」と語る。例えば2018年3月1日現在では、学習用コンピューターの整備目標である3クラスに1クラス分程度に対して、全国平均では約半分の5.6人/台にとどまっており、普通教室の無線LAN整備率は100%の目標に対して34.5%しか実現できていない。
また、都道府県間の格差が顕著であり、さらに市町村間でも格差が生じていることも大きな課題だ。自治体としてICT活用の有効性や必要性に対する認識に差があり、特に首長の認識が大きく影響しているという。また、教育委員会に資金を有効活用するための専門性が不足していることも大きな問題だ。こうした「公教育におけるICT環境の差」は由々しき問題であり、それはプログラミング教育だけに関係するものではない。あらゆる授業においてICT環境は授業の質を高め、新たな気づきを与えてくれる可能性がある。その日々の蓄積が大きな差になることは明らかだろう。
また教室におけるICT化に加え、職員室のICT環境も大きな課題だ。学校における教員などの働き方改革のため、手書き手作業の効率化や情報の一元管理・共有を実現するICTを活用した業務効率化が求められている。そこで国としては、成績処理や出席処理などの教務、健康診断書などの保健、指導要録などの学籍、学校事務の機能を統合したシステムとして「統合型校務支援システム」が用意されており、導入の手引きも公開されているが、髙谷氏は十分な導入・活用ができていないことを指摘した。
教室・職員室ともにICT化は大きく出遅れており、国内の格差問題もさることながら、世界と比較した際はさらに差が大きいことも懸念されている。髙谷氏は「ICT環境を整えることも重要だが、それを活用するスキルを育成することも重要」と語り、「社会に開かれた教育というのが、新しい新学習指導要領の重要なポイントながら、残念ながらまったく追いつけていない、実現できていない状況にある。関係する誰もが強く認識し、積極的に対応策を推進してほしい」と訴えた。
ICT環境整備のための具体的なプロセスやノウハウを提供
こうした状況を受け、2018年11月に発表された「柴山・学びの革新プラン」では、「質の高い教育の実現のための先端技術の活用の推進」を強調。「遠隔教育の推進による先進的な教育の実現」「先端技術の導入による教師の授業支援」「先端技術活用のための環境整備」が示され、各学校での対応策が具体的に発表されている。
なお「遠隔教育の推進による先進的な教育の実現」については、2018年9月にも「遠隔教育の推進に向けた施策方針」が提示されている。そこには、基本的な考え方や制度の整備などのポイントが掲載されている。具体的には、普及に向けた導入ガイドブックや実証研究、フォーラムによる推進などだ。髙谷氏は「遠隔教育のメリットが教育関係者に十分に理解されていない。好事例の紹介などを創出しながら、普及・支援に努めていきたい」と語った。
また「先端技術の導入による教師の授業支援」については、「公正に個別最適化された学びをすべての子どもたちに提供する」ことを命題として、取り組みを進めていく。実際には、「新時代の学びにおける先端技術導入実証研究事業」として、学びの最適化やエビデンスに基づく改善策などの実証事業を積極的に展開する。
そして「先端技術活用のための環境整備」については、各自治体の認識差による地域差、そしてICT導入についての専門知識が教育委員会にも不足していることを指摘。解決策として、整備状況の見える化や全国ICT教育首長協議会と連携した各自治体首長へのPR、専門性を補完するICT活用教育アドバイザーの派遣などが紹介された。なお、ICT活用教育アドバイザーが実際に対応したことやノウハウについては「地方自治体のための学校のICT環境整備推進の手引き」として毎年取りまとめられ、文部科学省のホームページで公開されている。髙谷氏は「ぜひとも印刷物を配布し、利用してほしい」と訴えた。
さらに現在、全教育委員会に対して「整備が進まない要因」の調査分析を実施し、費用を低減して調達するための方策検討、技術の活用と情報セキュリティ確保の両立策などを講じていくという。
髙谷氏は最後に「教師が情報教育を指導するための万全の準備とともに、学校のICT環境整備を進めていただきたい。また、児童生徒の学びや教員の働き改革のために関係者全員のICT活用が必要であり、そのためにも関係者の力の結集をお願いしたい」と語り、講演のまとめとした。