前原小学校ってどんなところ?
小学校のプログラミング教育やICT機器活用の分野で、前原小学校の名前を聞いたことがある人は多いだろう。2016年に松田孝校長が着任して以来、猛スピードで変革が進んでいる。現在は、総務省による3つの実証実験の対象校となり、1~3年生はiPad、4~6年生はChromebookを全校児童539名が常にひとり1台使用できる環境に加えて、Wi-Fi環境も整っている。
前原小学校はいち早くプログラミング教育に取り組んでいることで注目されることが多いが、それだけではなく、日常的にICT機器やアプリケーションを積極的に取り入れ、授業や学級活動のあり方を根底から変えようとしている。今回のプログラムは、その実例のいくつかを凝縮して紹介するショーケースとなった。体験用のパソコン14台はすぐに埋まった上に大勢の立ち見の参加者で教室はいっぱいとなり、来場者の関心の高さが伝わってきた。
松田校長による新しい学びの展望
冒頭、前原小学校の目指す新しい「学び」の展望を語った松田校長は、「アナログな時代における教科教育のフレームでICT機器を活用しようとするのではなく、もっと自由になる必要がある」と実感をこめて強調した。
現在、多くの人がイメージする授業は、先生が教室の前で大勢の児童を前に授業を進めるスタイルだろう。筆者のような親世代が受けてきた教育も今の子どもが受けている教育も、主流の授業スタイルはさほど変わらない。こうして受け継がれる日本の教科教育の研究と蓄積は優れており、そのおかげで全国どこでも同じ質の教育が受けられる利点はよく指摘されることだ。
松田校長はその素晴らしさを前提にしつつも、これをあえて「昭和のレガシーである教科教育法の呪縛」と表現し、「従来の教科教育にICT機器活用を『足す』ような発想では授業は変わらない」と強調した。もっと根底から授業のあり方を見直し、先生の役割も「前に立って教える」から脱却してこそ、パソコンなどの学習インフラを生かした「個性的、個別的」で「協働のある『学び』」を実現できるというのだ。
では具体的に、どのように授業を見直し、先生はどう変わっていったらいいのだろうか? その事例となる実践内容を、3人の先生が担任として日々実践している内容を紹介していった。
【朝の会】ツールの導入により、限られた時間でコミュニケーション効果を出す
まず、6年生担任の蓑手章吾先生による朝の会から。朝の会で実施する心身の健康チェックは、児童たちの小さな調子の変化や抱えている問題を把握する、大切な1日のスタートだ。とはいえ限られた時間で全員の声をていねいに聞くことは難しい。例えばイエナプラン教育の「サークル対話」という手法のように車座になってじっくり意見交換することができれば理想的だが、「実際にこれをやると1時間目の授業が半分くらいは終わってしまう」という。
そこで蓑手先生のクラスでは、児童全員が自分のパソコンから朝のひと言を入力する「朝ノート」活動をしている。書き込まれたひと言はその場でお互いに読み合い、先生も全員の声に目を通して全体に声かけをする。これに活用しているのが「schoolTakt(スクールタクト)」というWebブラウザで使えるツールだ。
今回は体験として、参加者が各パソコンから「今日の『未来の先生展』で特に期待している点は?」という問いに自由に意見を書き込んだ。先生のパソコン上には参加者が書き込んだ内容が次々に表示されていく。参加者のパソコンでも、表示を切り替えれば他の人の意見を自由に読むことができ、互いに「いいね!」をつけたりコメントしたりすることができる。
実際の「朝ノート」活動で書き込む内容は「昨日○○で遊んだ」「今日のテストが不安」など気軽な内容で、係からの連絡に使われることもある。朝の小さなひと言の活動を続ける中で、児童からは「知らなかった友だちの共通点を見つけた」「会話のきっかけになった」といった声が上がっているという。全員が互いの発言を確認し合えるので、「10分~15分という限られた時間でも『サークル対話』に近い効果がある」と先生は感じているそうだ。また、毎日リアルな文章を書くことでタイピングに自然と慣れるメリットもある。
この「スクールタクト」を、「朝ノート」に限らず、毎時のように授業の振り返りに活用したり、夏休みには家から書き込める「夏ノート」を開設して遠隔での情報共有に使ったりしたという。限られた時間では諦めざるをえなかったコミュニケーションの質を、ツールの活用で担保できた好例だろう。