単一の物差しから、多角的な「ベクトル評価」へ
安西氏は、人間の学びの原動力は「教え合い」にあるとし、これからの学びは閉じた教室から社会へと開かれていくべきであると述べた。今後は、児童生徒自らがインターネット上に存在する現実のデータを活用し、自分で問いを立てる学習が中心となっていく。「生成AIの回答にはない、自分なりの見方や考え方、方法を見つけていく」能動的な探究が、これからの学びの核になる。

また「これからの学びの評価は、外面的なパフォーマンスから内面的なコンピテンシーへと評価軸が移行する」と安西氏は語る。偏差値のような単一の尺度(スカラー評価)ではなく、個々の能力を多角的に捉える「ベクトル評価」が重要になっていくことが予測される。
特に、目標達成能力や協働性といった非認知スキル、社会情動的スキルの評価は、AI時代における重要な課題である。これらのスキルは、現在のAIが最も苦手とする領域であり、客観的な評価は極めて難しい。安西氏は「『この生徒は、情動のスキルをこのぐらい身につけました』とは言い難い」と、定量評価の難しさを伝え、評価の目的はあくまで学びの支援であるべきだと強調した。当面は個々の学習者の成長プロセスに焦点を当て、スキルを要素分解し、主観的・定性的な評価を積み重ねていくことが、現実的であるという。
教育の未来を拓く「情報の共有論」
最後に安西氏は「AIを活用した学びの哲学」として「共有論」の重要性を語った。共有論とは、人間と人間、人間とAI、人間とロボットといった知的なエージェント(行為主体)同士の関係において、互いの関係において情報を共有していく考え方だ。共有される情報は言葉に限らず、ルールや目的といったさまざまな情報に及び、それらを互いに推論し合うことを指す。「異なる人間同士がコミュニケーションをとっている裏には、お互いが、相手の見えない心のうちを推論しているからこそ、関係が成り立っている」と、安西氏は解説する。
この「共有論」における「情報の共有」とは、単に同じ情報を持つことではない。共感や言葉の意味、注意、ジェスチャー、社会的ルール、そして目標など、多岐にわたる。特に「目標の共有」は学びにおいて重要であり、これは教師と児童生徒が同じ目標を持つのではなく、お互いに異なる目標を持っていることを理解し、それを共有し合おうとすることである。この相互の目標理解こそが、学びの原動力を引き出すものであり、AIを活用することで、さらに進めていけるという。

安西氏は「人間は、誰でも多くの能力を持って生まれてくる」とし、「一人ひとりが自らの能力を発見し、磨き、他者に貢献することを通して喜びと日々の糧を得られるようにすること。AIが社会に浸透していく時代に向けて、これまでの教育制度を見直し、人間として豊かに生きていくために本当に大切なことを育むこと。これこそが、これからの教育の役割である」と語り、講演を締めくくった。