株式会社クジラボ 代表取締役 森實泰司(もりざね だいじ)氏
株式会社リクルートで採用コンサルタント、ITベンチャーで人事責任者経験後、人事コンサルタントとして独立。現在も人事顧問に従事するなど、教員をはじめ数多くの転職者として関わる。2019年に学校法人の事業を承継し私学経営を行うかたわら、2021年に教員のキャリア支援事業を行う株式会社クジラボを創業。ミッションは教育のオープン化。
キャリアの悩みが、学校組織に与える影響とは?
──前回の記事では「教員の仕事は好きだけれど、このまま続けられるか不安」と感じる教員の方が多いといったお話を伺いました。この課題を、学校としてどのように捉えるべきでしょうか?
キャリアのモヤモヤを抱えたまま働く状態が続くと、なりたくて就いたはずの教員という仕事が次第に負担となり、目の前の子どもたちとポジティブに向き合えなくなることがあります。その結果、自分を責めてしまい、自己嫌悪に陥る悪循環が生まれ、最終的には心身の不調を招くことも少なくありません。
実際に、クジラボへの相談の中でも「仕事がうまくいかない自分を責めてしまう」「モヤモヤを抱えたままでは子どもたちに向き合えない」といった声が聞かれます。また、こうした状態が続くことで、休職や離職といった深刻な状況に至るようなケースも見受けられます。そのため、キャリアの悩みを単なる一個人の悩みとしてではなく、学校組織の課題として捉えることが非常に大切だと考えています。
このような状況を変えていくために必要なのは、教員一人ひとりにキャリアを考える機会を提供すること。先生方は、日々の授業や校務に追われ、なかなか自分の働き方や人生について深く考える時間を取れない現状があります。また「子どもたちが第一」という使命感が強く、自分の働き方や人生について深く考える時間が後回しになる傾向も強いです。その結果、「自分は何を大切にしたいのか」「どんな働き方が自分らしいのか」といった問いを持つことができず、キャリアのモヤモヤを抱えやすくなってしまっているのです。
──なるほど。教員にキャリアを考える機会を提供することが、組織にとっても重要なのですね。そもそも、なぜ「キャリアを考える」ことが大切なのでしょうか?
今の時代はVUCAの時代と言われます。VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、変化が激しく未来を予測することが難しい状況を表しています。このVUCAの時代において、終身雇用に代表されるような「一生同じ仕事を続ける」といった従来のキャリアモデルは大きく変化しており、働き方や生き方の多様化が進んでいます。実際、東京商工会議所が毎年実施している新入社員を対象とした調査[※1]によると、2024年度の調査では「就職先の会社でいつまで働きたいか」という問いに対し、「定年まで」と答えた新入社員は21.1%で、10年前の2014年度調査(35.1%)と比べて14.0ポイント減少しています。一方、「チャンスがあれば転職したい」と答えた割合は26.4%で、2014年度調査(11.9%)と比べて14.5ポイント増加しています。
このように、転職が当たり前になりつつある時代において、学校としては、教員一人ひとりが「なぜここで働くのか」「どのような価値を感じられるのか」を自覚し、納得感を持って働ける環境を整えることが重要です。
──キャリアについて考えることで、離職を考えることが増えてしまいそうだと感じたのですが……。
確かに、キャリアを考える機会を持つことで「転職を考えてしまうのではないか」と不安に感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、キャリアを考える機会を生み出すことは、教員個人だけではなく、学校という組織にとってもメリットがあります。
クジラボが2024年11月に教員約281名を対象に実施した調査[※2]によると、「先生としての仕事を続ける中でも、定期的に自身のキャリアについて考えたり見直したりすることは必要だと思いますか?」という質問に対し、回答者の92%が「必要」または「どちらかといえば必要」と答えています。さらにその理由として「成長を続けるために振り返りが必要」「家庭状況に応じて働き方を見直したい」「教職の課題を解決したい」など、自己成長に関する声が多く上がっています。このことから、キャリアを考える機会が、教員自身の働き方を見直し、前向きに考えるきっかけとなっていることがわかります。
私は、教員が一人ひとりが自分の価値観や強みを自覚し、自分の役割に納得感を持って働けるようになれば、心の状態をより健康的にしていけると考えています。キャリア迷子の状態を防ぐことは、長期的に見れば休職や離職のリスクの軽減につながるのです。また、教員がポジティブに子どもたちに向き合えるようになり、結果として教育の質の向上につながるというメリットもあります。
[※1]出典:東京商工会議所「2024年度新入社員意識調査 集計結果」
[※2]出典:クジラボ「先生の働き方に関する実態調査」