急速に学校改革が進む中国
第一部では海外の教育改革やEdTechの動向について、中国やシンガポール、イスラエルは受託事業者のボストン・コンサルティング・グループが、米国はFutureEdu Tokyo共同創設者の竹村詠美氏が解説した。
中国を担当したボストン・コンサルティングのファン・ルイ氏は、中国教育界の大きな流れとして、「10年前に大きく変化した。単にICT化、Wi-Fi導入が進んだだけではなく、STEM教育手法や教科の枠を超えてイノベーション世代を育てようとしている」と説明。国家中長期人材発展計画概要(2010-20年)では、「2020年までに中国を世界屈指の人材強国にする」と明記し、新「5カ年計画」ではバイオテクノロジーや次世代の情報技術、新しい素材、モビリティなどを注力分野と定めているほか、AI発展プロジェクトも国家レベルの戦略に格上げされている。
こうした政府の動きを受け、現場ではさまざまな取り組みが進んでいる。深センなどには新しい学び方を試す実験校が出てきているという。
TencentやHuaweiといった中国ハイテク企業の本拠地がある深セン市は、「起業家=創客」として「創客の都(Maker’s Dream City)」を目指す。年5.5億元(約88億円)を投資して、起業家と投資家が交流し、起業のための場所や設備を提供する創客空間を2016年に93カ所作り、学生向けには起業家を作り出す授業(創客授業)や実践室の設置を進めている。額は明らかになっていないが、取り組み開始からわずか3年の2017年末時点で200校に設置したとのことだ。
企業の参画も見られる。Tencentの共同創業者を排出した地元の名門、深セン中学では、Tencentが平面設計、Huaweiがスマートフォン研究、DJIがドローンを使った映像の撮影と編集など、企業による科学技術関連の選択科目が24科目提供されている。また、これらの企業と共同でイノベーション体験センターやイノベーション実験室なども設置した。
企業の参加はイスラエルでも報告された。例えばロッキード・マーティンの協力を得て、幼稚園では早期STEM教育として、レゴ マインドストームを使ったロボット工学の基礎を体験させる取り組みを実施。「『イスラエルで人材が育つことが自社の開発に貢献する』ことを念頭に置きながら、企業が参加している」とボストン・コンサルティングの丹羽恵久氏は説明した。
丹羽氏は中国、シンガポール、イスラエルの共通点と日本への示唆として、「スピード」「求める人材と学び方が直結している」などを挙げた。「日本では人材像についての議論はあるが『本当にその人材像が育つ学び方を作れているのか』が今後の大きな問いになるのでは」と提言した。
記憶しただけでは学力は身につかない――生きる力を養う米国の実験
ゲストスピーカーとして米国の動向を説明した竹村氏は、新しい教育を探るドキュメンタリー映画「Most Likely to Succeed」をもとに、舞台となったカリフォルニア州のチャータースクール(※注1)「High Tech High」の取り組みを紹介した。
※注1:チャータースクールは米国の学校制度のひとつで、公立だがカリキュラムに自由度がある公設民営の形態をとる。
High Tech Highの創設ミッションは、学生が卒業後社会に出て活躍できるように学問、職業、市民として必要なスキルを開発できる、革新的な学校を作り上げて運営すること。小学校から高校まであり、半分以上は貧困層出身だという。STEMを専攻する学生は全国平均の17%より多く34%。大学進学率(98%)はもちろん、入学より難しい卒業についても86%と、高い水準を誇る。
映画では中学3年生がプロジェクト・ベース学習(PBL)で2つのプログラムを行う過程を取り上げている。その中で「新しい時代に即した教育とは何か」について教師、Googleなどの企業関係者、教育分野の識者がコメントしている部分を竹村氏は紹介。例えば「人間は暗記したことの90%は忘れてしまう。テストのために記憶したことは定着しない」とスタンフォード大学の教育学部教授が見解を語り、「名門校の生徒が化学の授業を履修し、3カ月が経過してテストを受けたところ、平均成績が2年連続でB+からFに下がった」と別の教育関連者が話す。
High Tech Highのように、「米国には教育イノベーターが新しい学校を始めようとする際、支援が得やすい土壌や制度がある」と竹村氏は述べる。High Tech Highのカリキュラムは学習指導要領に沿っていないものの、標準のテストは年に1度受ける必要がある。「カリキュラムの枠組みを外れているが、『学力はあるから問題ない』とする仕組みは日本にないのでは」と述べた。
これらの報告に対して、参加者からはPBLを中心に多くの質問が出された。例えば「生徒数が増えてもPBLをスケールできるのか」については、「米国ではPBLの団体があり、会議などでベストプラクティスの共有が積極的に行われている」と竹村氏。また、教師一人が受け持つ生徒数が日本より少ないという前提の違いも指摘した。
日本でのPBLについては、「『未来の教室』のキーワードになると思っているが、日本のPBLは体験して感動して終わっている。深まっていない」といった意見も聞かれた。幼児教育の専門家である北野幸子氏(神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授)は「教科のない幼児教育では、ある程度のPBLができたとしても小学校で分断してしまう」と、接続を課題に挙げた。これについて竹村氏は「小学校では地元に根ざし、子どもがイメージしやすいシンプルなものから入り、高校になると抽象的で自分が生まれる前の時代のプロジェクトをやるなど、少しずつ複雑なもの、長いスパンで、と拡大させるところもある」と米国の例を紹介。ボストン・コンサルティングのファン氏は中国・上海の例として、実験校8校で幼稚園から高校まで、一貫性を持たせる目的でSTEMを普及させていると紹介した。
ワークショップでも議論になったという企業のインセンティブについては、丹羽氏がイスラエルについて「自分たちが展開する地域に根ざしたいという企業の力をうまく利用している」と解説した。