教育機関へのSlack導入による「デジタルキャンパス」の実現
リモート開催されたSlackによる「教育機関向けウェビナー」には、日本全国から1000名を越える登録があり、オンラインコミュニケーションに対する教育関係者の関心の高さが伺えるものとなった。冒頭、Slack Japan株式会社 日本法人代表の佐々木聖治氏は、北米の高等教育機関の多くでSlackが使われていることを紹介。「かつてGoogleも高等教育機関でいち早く導入され、世界中のスタンダードになった。Slackもまた同様にコミュニケーションツールのスタンダードになりつつある」と述べ、「ぜひSlackの活用について新しい知見を得て、それぞれの教育現場に役立ててほしい」と語った。
続いて同社エグゼクティブプログラムチームリーダーの溝口宗太郎氏より、「Slackの本質と価値」と題して、Slackが実現を目指すにビジョンについて紹介された。
溝口氏は「Slackはチャットツールのイメージが先行しているが、単に情報のやり取りだけでなく、さまざまなアプリケーションと連携して作業ができる」と語り、「コラボレーションプラットフォーム」であることを強調した。例えるなら、24時間365日開いている「デジタルキャンパス」という構想だ。
これを実現している学校が、ロイターの「全米で最も革新的な大学」において2019年まで4年連続で選出されているアリゾナ州立大学だ。州内に9カ所の広大なキャンパスを保有し、所属する9万人ほどの学生のうち、およそ3万8000人がオンラインによる受講者だという。Slackを通じてあらかじめ課題を共有したり、Slack上で学生同士がディスカッションを行ったりしながら、より良い学びを得られる環境づくりを推進している。また、教員と学生はもちろんのこと、教職員同士や、学外のイベント企業や広告代理店などとの連携も進んでいるという。溝口氏は「これまでできなかった、組織の枠を越えたディスカッションやコラボレーションをSlackは実現する。それが実現した時の教育機関への効果は計り知れない」と語った。
慶應義塾大学における事務職員へのSlack導入
教育機関関係者のゲストスピーカー1人目は、慶應義塾大学 ITC本部事務長の武内孝治氏で、同大学における事務職員へのSlack導入について紹介された。
学部での教員と事務職員の協業を目的とし、学部管理としてEnterprise Gridプランの720ライセンスを導入している慶應義塾大学。さらに、武内氏が所属するインフォメーション・テクノロジー・センター(ITC)本部管理では、大学事務と大学病院でライセンスを半分ずつ分け合う形で、プラスプランの400ライセンスを試験的に導入している。いずれも2020年4月に有償版に移行したばかりだが、障害が発生すると即時アラートが上がるほど、すでに組織内で浸透しているという。
SlackをITC本部管理として導入した理由について、武内氏は「学校という特殊な場で効率化が進まず、働き方を変えなくてはといった課題感があった。さらに教員と職員の協業の場がなかったため、継続的な情報共有ができる環境を作りたかった」と語る。
「保守的・縦割り・世間との乖離などの大学職員気質を変えねばという課題感があり、メールや押印、紙文化の業務スタイルには限界が来ていた。しかし、管理職は年配者も多いこともあって重い腰を上げる様子もなかった。個別システムやワークフロー、RPAでは個々の業務スタイルは変えられないため、働き方の改革を遂行するには、各個人が日常的に利用するインフラ的な環境を変えることが重要と考えた」(武内氏)
そしてSlackを実際に導入したところ、「圧倒的に仕事が速くなった」という実感があり、「距離や組織の壁を忘れるほど」と武内氏は語る。しかし、一方でこれまでなかった疲労感があるという。
「それだけ密に、迅速に仕事ができるようになったということだろう。新型コロナウイルス対策で、自宅でのテレワークを行っているが、もはやSlackがない状態を想像できない。さらに春は新案件がめじろ押しで、オンライン授業やWeb会議など職種を越えた情報共有が必要だったが、そこでもSlackが大いに役立った。特に教員や医師と職員の距離が近くなったことを実感している」(武内氏)
こうした効果につながったSlackの特徴として、武内氏は「ユーザーインターフェースの優位性」を挙げ、「さまざまな職種が混在しているため、教育コストは無視できない。高機能ながら『使いやすいこと』が何より重要だった」と語る。
その一方で、基本的にチャンネルはSlackが推奨するパブリックではなくプライベートで管理されており、「オープンでフラットというSlackの設計思想は、日本の文化に若干そぐわない部分があるかもしれない」と語った。また、外部アプリケーションとの連携については「利便性や有用性は運用の成熟度による」と評した。
これらを踏まえ、武内氏は「Slackは良いツールだが、『導入さえすれば』という発想は安易。組織に地力がなければ十分な効果を出すことは難しい。しっかり運用するにはサポート体制が大切。しかしながら、Slackには大きな可能性を感じており、ワープロ専用機からPCに変わったころのインパクトを実感している」と期待を寄せた。
近畿大学のSlack導入について
続くゲストスピーカー2人目として、学校法人近畿大学 経営戦略本部長の世耕石弘氏が発表を行った。
近畿大学は、オンラインでの願書提出や電子決済の校内導入など、先進的な取り組みを打ち出し、積極的なブランディングを展開していることでも知られている。そんな同大学にとって、すでにビジネス分野で浸透しつつあるSlackの導入はごく自然なことだったという。
「『メールじゃだめなのか』との声もあったが、もはやメールは広告で埋め尽くされるようになり、煩雑さがピークに達していた。そこでチームごとにLINEでリアルタイムのコミュニケーションを行うようになったが、プライベートでも使う人も多く、『誤爆』のリスクを抱えていた」(世耕氏)
ちょうどそうした誤爆未遂があったこと、それと前後してSlackがN高等学校で導入されていることを知り、使い勝手をヒアリングした上で導入を決定した。しかし、当初は反対する声も多く、まずは試験的に2017年に広報部の20名から使い始め、そこから少しずつ広げていった。
「どの組織でもそうだが、いきなり全体に導入しても浸透しにくい。まずは自分の周囲から使いはじめ、少しずつ『どうも便利らしい』という雰囲気を作り出すことが大切」と世耕氏は導入のコツを語る。そして、2018年には東大阪キャンパスの全職員へと導入し、ほかのキャンパスや研究所などにも広げていった。
こうしたSlack導入の動きについては、現在ではブランディングの成果もあって好意的な声が多く、「PR効果だけでも導入の価値がある」と世耕氏。実質的な効果としては、部署横断型タスクでのチーム立ち上げが迅速化されるようになったこと、意思決定が迅速にできるようになったこと、職場内でのチャット感覚のコミュニケーションが浸透したこと、そして固定電話や学内のPHSを廃止し、クラウドPBXへの移行ができたことなどが挙げられた。
直近では、「新型コロナウイルス対策に伴う、テレワークへの移行が瞬時にできたことが大きい」と話す世耕氏。「新型コロナ対策タスク」をプライベートルームとして立ち上げ、一気に意思疎通がかなうコミュニケーション環境を整えられた。特に組織のトップ2名のやり取りを可視化し、瞬時にコアチームで共有ができたため、多くの関係者が関与するオンライン授業への対応についてもスムーズに進行できた。また、卒業式・入学式のオンライン化、全学生・生徒への支援金支給についても迅速に決定ができ、メディアに注目されることにもなった。
世耕氏は、「これまで、Slack導入はブランディング的な意味合いが強かった。しかし、今後は遠隔授業の充実も視野に入れ、2020年内にすべての教職員と学生、合計約3万6000人に対する有償アカウントの付与を予定している。そこから本格的な『デジタルキャンパス』が始まるものと考えている」と意欲的に語った。