学習意欲、コミュニケーションの向上――特別支援教育とiPadの親和性は高い
一口に特別支援学校といっても、「視覚障がい」「聴覚障がい」「肢体不自由」「知的障がい」「病弱」と、5つの種別に分かれており、子どもの障がいによって通う学校が異なる。東京都立石神井特別支援学校(東京都練馬区)は、その中でも知的障がいのある児童・生徒が通う特別支援学校で、小学部と中学部には現在約180名が在籍している。同校は以前よりICTの積極的な活用を学校の方針に掲げ、2015年度はICT活用推進校に、2016年度は情報モラル推進校に、そして2017年度は情報教育推進校に選ばれている。
そんな同校にiPadが導入されたのは2014年のこと。東京都教育委員会が進める「都立学校ICT計画」に基づいて、東京都全ての特別支援学校にiPadが整備された。現在、石神井支援学校では学校共有のiPad AirとiPad Air2が計25台稼働。他にも、これらの管理に11インチMacBook Airを使用し、授業ではApple TVや2in1タブレットも活用している。
東京都教育委員会がiPadを選択した理由としては、特別支援教育との親和性の高さが評価されたことが挙げられる。具体的には、東京都が都立特別支援学校12校を対象に進めたタブレット端末活用の事例や、障がいを持つ子どものためのモバイル端末活用事例研究「魔法のプロジェクト」を通して、iPadを活用した学びが、認知機能の改善、学習意欲の向上、自立支援、コミュニケーション意欲の向上に有効であることが実証されたためだ。同プロジェクトには石神井特別支援学校も参加しており、実証研究を通してICTの有効活用に数年にわたって取り組んできた。
子どもに見通しを持たせる、ICTを活用した視覚支援
石神井特別支援学校では児童生徒の実態に合わせ、6人の学級単位、学年単位、学習グループ単位等の授業形態がある。ICT活用の面では視覚支援としてiPadを活用する教員が多い。その理由として海老沢教諭は、「知的障がいのある子どもたちは音声情報に加え、映像を見せることで理解しやすくなるからです」と説明する。
例えば、プレゼンテーションツールの「Keynote」は「今日の予定」「学習内容」「活動の手順」などの説明に利用。文字やシンボル、写真を使い、分かりやすく伝えることで、子どもたちは見通しを持ちやすくなる。中でも動画の活用はイメージを膨らませやすいのがメリットだ。耳鼻科検診など、生徒が苦手とする活動の前に視覚的に説明することによって、不安を取り除くことができるという。
他にも、動画教材の「NHK for School」を用いた情報教育や防災教育の学習、デジタルパペットアプリ「Puppet Pals 2: School Edition 」をシミュレーションに用いたセーフティ教室の事前学習、「まるばつクイズメーカー 」を使った防災宿泊訓練の事前学習など、その時の活動や生徒の様子に合わせて、さまざまなアプリを取り入れている。
子どもたちの内面を引き出す映像メディアの活用
石神井特別支援学校では美術の時間にiPadが活躍する。海老沢教諭がもともと美術を専門としていることもあり、映像メディアを用いた表現活動などを通して、生徒の感性や内面を引き出す授業に取り組んでいる。その一つが、ライトドローイングだ。「夜空におえかき」という専用アプリとペンライトを使い、光の軌跡を撮影して1つの作品に仕上げる活動を行った際には、音楽に合わせて描いたり、文字や顔を工夫して描いたりと、ダイナミックな表現を行うことができた。
また、コマ撮りアニメーションの制作にも挑戦した。この活動では、絵や文字を描くのが苦手な生徒でも参加できる場面が多く、主体的になりやすい。海老沢教諭は「子どもたちにとっても分かりやすいのか、面白いアイデアを出す生徒もいて大変盛り上がりました」と振り返る。
他にも、図形を組み合わせるだけで音楽がつくれるアプリ「VISUAMUSIO」と、動画をプロジェクションマッピングとして投影できるアプリ「Prspctv」の2つを組み合わせ、音楽と視覚表現の融合に取り組んだ。でき上がった作品は教室全体に投影して空間全体を演出し、プロジェクションマッピングに合わせて生徒たちが身体表現を発表する創作活動にも発展させた。
これらの活動について、海老沢教諭は次のように語る。
「特別支援学校では児童生徒の実態に合わせた授業づくりが可能ですが、学習指導要領に定められた教育課程の中で、自立と社会参加に向けて学ばなければならないことも多くあります。そのためか、美術の時間においても、ややもするとタイルをきれいに貼るといった作業的な活動に傾くことがあります。こうした活動を否定するわけではありませんが、iPadで映像を使ったり、デジタル作品をつくったりすると、生徒が今までにない反応を見せてくれる時があります。そんな場面に出くわすと、ICTを活用すればもっと内面を引き出すことができるのではないかと思いますね」