暗記では生まれない「生きた知識」とは?
慶應義塾大学 名誉教授の今井むつみ氏は、『学びとは何か──〈探究人〉になるために』『学力喪失──認知科学による回復への道筋』の著者としても知られ、子どもの学びの基盤となる、知識・推論力・認知能力を測る「たつじんテスト」の開発なども手掛けている。

講演の最初に今井氏は、長年にわたり認知科学の分野において、子どもの言語発達を中心に研究を進めてきた経緯を語った。その経験から、言葉や知識を自らの力で獲得していく子どもの姿に着目し、「知識とは何か」という問いを探求してきた。
幼児は、何も知識がないところから言葉を自分の力で習得し、間違えながらも自分で推論して使っていく。「このプロセスで獲得される知識こそが『生きた知識』で、学校で学ぶことに限らず、生活や生きることすべてにおいて大事である」と今井氏は述べる。では「生きた知識」とは具体的にどのようなものか。今井氏はそれを「使える知識」であると定義する。
「生きた知識とは、必要なときにすぐに取り出せて、ほかの知識や情報と自由に組み合わせ、問題解決を可能にする。さらに、新しい知識を作り出せる知識である」(今井氏)
単なる「暗記」から生きた知識は生まれない。自分で意味を理解しなければ、それは生きた知識として応用することができない。例えば、単語帳で覚えた英単語は、その断片的な知識をいつ・どこで・どのように使えばよいかがわからないため、実際のコミュニケーションで自由に文を組み立てることは難しい。「テストで点は取れても、それは『死んだ知識』にとどまってしまう」と今井氏は語る。
では、生きた知識はどのようにして生み出されるのか。今井氏は「覚えた知識の断片(点)を、学び手自身が推論によって『面』へと拡張するところから始まる」と説明する。