エバンジェリストによる普及活動で授業や校務に変化が
奈良県でこれらの取り組みが始まったきっかけは、教員のICT活用スキルに関する全国調査で、同県は2010年より最下位に甘んじていた。そこで、県の教育長である吉田育弘氏は、当時指導主事を務めていた小崎氏に「先生が自信を持ち、チャレンジできる環境を整えてほしい」と要請し、2014年にMicrosoftやアドビとの包括契約を締結。さまざまなデジタルツールを活用できる環境が整備された。
当初、現場では戸惑う反応が多くありながらも、松下教諭は説明会に参加し「ぜひ授業や取り組みで活用したい」と強く感じたという。磯城野高等学校は農業高校であるため研究発表の機会も多く、こうした場面でデジタルツールは特に有効だと考えたからだ。さらに、学校の公式マスコットの活用や、入学希望者に向けた学校紹介動画の制作、独自の教材作成などにも活用の場面を広げていった。
一方で、現場からは「アドビのツールを使える人は限られるため、無駄になるのでは」といった不安の声も上がっていた。それを受け、小崎氏は現場の教員がより適切に指導ができるよう、旗振り役として「ICT活用教育エバンジェリスト」を20人ほど養成し、そこから広げていく仕組みを整えた。松下教諭もその1人であり、現在は情報教育における奈良県の代表者を務めている。
そして、教員がデジタルツールを活用できるようになったことで、子どもたちの教育の場面だけでなく、校務にも大きな変化が表れたという。例えば、ICT活用教育エバンジェリスト育成研修の活動報告書である『ならえば』を冊子化したこともそのひとつだ。2016年度より、単なる文字だけの報告書ではない「Adobe InDesign」を使った魅力的な紙面の冊子に仕上げている。
小崎氏は「写真から文章、レイアウトまで、素人だった先生たちが学びながら作成し、最後の印刷以外はプロの事業者を入れずに完成させた。さらに『集まらない』ことを前提に、クラウドを活用しながらリモートでやり取りを行い、作業を進めていった。内容だけでなく冊子そのものが、教育エバンジェリスト育成研修の発表作品とも言える」と語った。
そして、2020年度よりスタートしたGIGAスクール構想の実現に先駆け、ICT活用教育エバンジェリストから「STEAM教育エバンジェリスト」に名称を変更。ICTに限らず、予測不可能な状況を生き抜くための教育として必要な「STEAM教育」全般へと対象を広げていくことを宣言した。現在メンバーは400人を超え、奈良県の教育を牽引する存在となっている。
松下教諭もSTEAM教育エバンジェリスト研修を受け、「普通なら接点がない会社を見学したり、お話を聞いたりして、さまざまな視点で社会を見ることができた。刺激を受ける中で、授業やクラス運営そのものについての考え方も大きく変わった」と語る。