デジタル時代の「新しい価値」とは何か
1日目となる8月10日には、IT批評家の尾原和啓氏による「新価値を創造する時代を切り拓く能力」と題した基調講演が行われた。尾原氏は、NTTドコモのiモード事業で立ち上げに関わったのち、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現、KLab)、サイバード、オプト、Googleなどの企業で事業企画、投資、新規事業開発に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任し、政策への提言も手がける。また、『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP、共著)をはじめ、デジタルビジネス関連の著書も多い。
尾原氏は、この講演の前半でデジタル時代における「新しい価値」、後半でそれを「切り拓く“能力”」について説明するとした。
近年、社会的な関心が高まっている「デジタルトランスフォーメーション」(DX)について、尾原氏は「デジタル技術の進化によって、これまでの延長線上にない、非連続な変化が世の中に起こること」であると説明。インターネットのようなネットワークの技術と、その上で動く多様なアプリケーションの進化は、それ以前にはありえなかったようなスピードで、急速にさまざまなもの(人やものの情報)を「つなげる」ことを可能にした。この「つながり」は、社会そのものの変化を加速させるきっかけにもなっている。
「DXというと“技術をどう使うか”という問題にとられがちだが、本来の定義では“ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に進化させること”を意味する。DXの本質は、それを構成する個々の技術よりも、それによる社会の変化にある。デジタルはDXにおける“目的”ではなく“手段”だ」(尾原氏)
これをビジネスの視点で見た場合、DXの目標は、デジタル技術によって「ユーザーの体験価値を創出」するような変化を生みだすことにある。この「体験価値の創出」とはどのようなことなのか。尾原氏は、具体的な例としてシンガポールに拠点を置く配車サービス「Grab」のコンセプト動画を紹介した。
- 参考リンク:The Future of Grab - Your Everyday App(YouTube)
「Grab」は主に東南アジア圏でモビリティ(移動)サービスを提供している企業だ。近年、日本でも配送サービスが知られるようになった「Uber」が、東南アジア圏での事業を売却した企業としても知られている。消費者向けに提供しているスマートフォンアプリでは、タクシーの配車、ドライバーと乗客のマッチングサービスに加え、食事やショッピング、バイク便のような配送サービスなど、何らかの「移動」が伴う活動に関するサービスを幅広く提供している。
またGrabは、モビリティサービスを利用する消費者だけでなく、副業あるいは専業としてサービス提供の一部を担っている運転手向けのサービスとしての側面も持つ。例えば、Grabで長期的に運転手を務めると、その利用者からの「評判」情報がネット上に蓄積される。この運転手が、新しい車を購入したいと思った場合、Grabの提供する金融サービスでは、その人のGrabでの「評判」を信用情報として、低金利でカーローンを提供することも行っている。
デジタルの力によって、生活にまつわる体験全体を創出する新たな仕組みが生み出せるようになってきていることが、DXの本質であるという。こうした新たな仕組みが消費者に「価値」として受け入れられれば、個人による自動車の購入意欲は減少し、これまでの自動車業界の産業構造は破壊的な変化を強いられることになる。
「これまでスマートフォンは、消費者にとって単なる発注端末の延長的な使われ方しかされていなかったが、現在では、デジタルなツールとネットワークによって、人々のリアルな体験を生み出せる時代になりつつある。新しい価値は、そうした体験全体をクリエイトできる仕組みから生み出される」(尾原氏)
この「デジタルの力で人間のリアルな体験を生み出せる」時代への変化は、日本の企業や個人にとってもチャンスであると尾原氏は言う。
「これまでの、サイバー空間を主戦場としたDXでは、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)を筆頭とする米国のIT企業が絶大な影響力を持った。しかし、DXがネットだけでなく、リアルな世界の体験を生み出す段階へと移行しつつある現在、日本の企業や個人にとっても再度のチャンスが巡ってきている。いわば、DXの“第2回戦”であり、そこではリアルでのビジネスを行ってきたさまざまな産業が、デジタルの力で新たな体験を創造していく市場が開かれている」(尾原氏)
このDXの「2回戦」では、時代の価値観がシフトしていく中で、消費者が「価値を感じられる体験」をどう生みだすかが重要な視点になるという。