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これから社会にでる学生が身につけておきたい「新しい価値を生みだす能力」とは何か

「Adobe Education Forum Online 2021」セッションレポート

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2021/09/07 12:00

 アドビは、2021年8月10~12日の3日間、教育関係者向けのオンラインイベント「Adobe Education Forum Online 2021」を開催した。今年のテーマは「新しい価値を創造する力を育む大学・専門学校教育 ~ConsumerからCreatorへ~」。AIのようなテクノロジーが急速に進化することで、社会の中で人間に求められる能力にも変化が起こっている。学校教育では、テクノロジーを活用しながら創造的に課題を解決し、新しい価値を生みだせる力を持った人材を育成することが求められている。イベントでは、識者による基調講演に加え、学校での事例、企業での取り組みなど、多様な視点のセッションを通じ、これからの社会で活躍できる人材を育てるためのヒントが示された。

デジタル時代の「新しい価値」とは何か

 1日目となる8月10日には、IT批評家の尾原和啓氏による「新価値を創造する時代を切り拓く能力」と題した基調講演が行われた。尾原氏は、NTTドコモのiモード事業で立ち上げに関わったのち、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現、KLab)、サイバード、オプト、Googleなどの企業で事業企画、投資、新規事業開発に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任し、政策への提言も手がける。また、『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP、共著)をはじめ、デジタルビジネス関連の著書も多い。

IT批評家/アフターデジタル共著者 尾原和啓氏
IT批評家/アフターデジタル共著者 尾原和啓氏

 尾原氏は、この講演の前半でデジタル時代における「新しい価値」、後半でそれを「切り拓く“能力”」について説明するとした。

 近年、社会的な関心が高まっている「デジタルトランスフォーメーション」(DX)について、尾原氏は「デジタル技術の進化によって、これまでの延長線上にない、非連続な変化が世の中に起こること」であると説明。インターネットのようなネットワークの技術と、その上で動く多様なアプリケーションの進化は、それ以前にはありえなかったようなスピードで、急速にさまざまなもの(人やものの情報)を「つなげる」ことを可能にした。この「つながり」は、社会そのものの変化を加速させるきっかけにもなっている。

 「DXというと“技術をどう使うか”という問題にとられがちだが、本来の定義では“ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に進化させること”を意味する。DXの本質は、それを構成する個々の技術よりも、それによる社会の変化にある。デジタルはDXにおける“目的”ではなく“手段”だ」(尾原氏)

 これをビジネスの視点で見た場合、DXの目標は、デジタル技術によって「ユーザーの体験価値を創出」するような変化を生みだすことにある。この「体験価値の創出」とはどのようなことなのか。尾原氏は、具体的な例としてシンガポールに拠点を置く配車サービス「Grab」のコンセプト動画を紹介した。

配車サービス「Grab」のコンセプト動画
配車サービス「Grab」のコンセプト動画

 「Grab」は主に東南アジア圏でモビリティ(移動)サービスを提供している企業だ。近年、日本でも配送サービスが知られるようになった「Uber」が、東南アジア圏での事業を売却した企業としても知られている。消費者向けに提供しているスマートフォンアプリでは、タクシーの配車、ドライバーと乗客のマッチングサービスに加え、食事やショッピング、バイク便のような配送サービスなど、何らかの「移動」が伴う活動に関するサービスを幅広く提供している。

 またGrabは、モビリティサービスを利用する消費者だけでなく、副業あるいは専業としてサービス提供の一部を担っている運転手向けのサービスとしての側面も持つ。例えば、Grabで長期的に運転手を務めると、その利用者からの「評判」情報がネット上に蓄積される。この運転手が、新しい車を購入したいと思った場合、Grabの提供する金融サービスでは、その人のGrabでの「評判」を信用情報として、低金利でカーローンを提供することも行っている。

 デジタルの力によって、生活にまつわる体験全体を創出する新たな仕組みが生み出せるようになってきていることが、DXの本質であるという。こうした新たな仕組みが消費者に「価値」として受け入れられれば、個人による自動車の購入意欲は減少し、これまでの自動車業界の産業構造は破壊的な変化を強いられることになる。

 「これまでスマートフォンは、消費者にとって単なる発注端末の延長的な使われ方しかされていなかったが、現在では、デジタルなツールとネットワークによって、人々のリアルな体験を生み出せる時代になりつつある。新しい価値は、そうした体験全体をクリエイトできる仕組みから生み出される」(尾原氏)

 この「デジタルの力で人間のリアルな体験を生み出せる」時代への変化は、日本の企業や個人にとってもチャンスであると尾原氏は言う。

 「これまでの、サイバー空間を主戦場としたDXでは、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)を筆頭とする米国のIT企業が絶大な影響力を持った。しかし、DXがネットだけでなく、リアルな世界の体験を生み出す段階へと移行しつつある現在、日本の企業や個人にとっても再度のチャンスが巡ってきている。いわば、DXの“第2回戦”であり、そこではリアルでのビジネスを行ってきたさまざまな産業が、デジタルの力で新たな体験を創造していく市場が開かれている」(尾原氏)

 このDXの「2回戦」では、時代の価値観がシフトしていく中で、消費者が「価値を感じられる体験」をどう生みだすかが重要な視点になるという。

新たな価値を生みだすために必要な「情報編集力」

 では、こうした「新しい価値」を切り拓く「能力」とはどのようなものであり、教育現場においてそれをどう育むことができるのだろうか。

 尾原氏はまず、「教育現場はテクノロジーの活用によって、より人間的になる」と説明し、インドの俳優であるSalman Khan氏のTEDにおける講演を引用した。

 Khan氏は、個人の能力や理解のスピードを考慮せず、一律に同じ時間を使って同じ知識を一方的に教え込むという「今までの教育のスタイルこそ、非人間的である」としている。例えば、動画のテクノロジーを活用し、ビデオ講義として単なる「知識」を配信し、生徒・学生がリアルに集まる対面授業で質疑応答や議論の場を設ければ、対面ならではのより深い学びを実践できる。これはいわゆるPBL(Project Based Learning、課題解決型学習)のコンセプトでもある。つまりテクノロジーによってこそ、学習はより「ヒューマナイズ」されるという主張だ。

 これを受けて尾原氏は、「変化が激しい時代では、これまでの延長線上での思考は価値を生まない。20世紀は“正解”がある成長社会であり、教育においても、豊富な知識と高い情報処理能力で早く“正解”にたどりつける人材を育てることが重要とされてきた。しかし現在は、“正解”がない成熟社会である。知識から素早く正解を出すことよりも、正解のない課題に対して多くの人が“納得”感を得られる“納得解”を作り出す能力が求められる。そうした社会で生きる人材に求められるのは、自分の中にあるアイデアを、人に伝えて共感を得られる“情報編集力”だ」と力説した。

21世紀では、「正解」がない成熟社会を生き抜くために情報編集力がカギに
21世紀では、「正解」がない成熟社会を生き抜くために情報編集力がカギに

 尾原氏は、こうした「個人が、自分の中にあるイメージやアイデアを、周囲の人々のフィードバックを得ながら表現していく」ということが、テクノロジーの力で可能になっているとする。具体的には、PCやスマートデバイスで利用できるクリエイティブツールであり、SNSやコンテンツ共有サイトといったインターネット上の空間だ。すでに存在するこうした環境を活用することで、「誰もが自分の中にある思いを、まずは小さく形にし、周りの人々から意見をもらいながら、大きなものへと育てていくことができるようになっている」とする。そして、その結果として生まれたものが「価値創造」の基盤となっていく。

 このプロセスを、科学技術分野の教育サービス企業であるリバネスでは「QPMIサイクル」と呼んでいるという。QPMIは「Question(疑問)」「Passion(情熱)」「Mission(目的)」「Innovation(革新)」の頭文字である。このサイクルの発端となる「Question」を生みだし、「Passion」に変える好奇心を育てること。そして、それを修正しながら形にしていく「Mission」を、失敗を恐れずに何度も試行錯誤できる機会を作っていくことが、価値創造の能力を育む上で重要なことだと尾原氏は言う。

リバネスが提唱する「QPMIサイクル」
リバネスが提唱する「QPMIサイクル」

 最後に尾原氏は、まだまだ終わりの見えないコロナ禍にも言及。「グーテンベルクが発明したとされる活版印刷技術は、情報を伝える“本”の大量生産を可能にしたことで、ルネサンス期のさまざまな革命のきっかけとなった。現在は、デジタルの力で誰もがクリエイティビティを発揮し、人に伝えることができる時代。それを楽しんで最大限に活用することが、新しい革命の端緒になる。先が見えず、正解のない社会を生きていくことには不安も伴うが、人類史を振り返れば、そうした中で“道なき未知”を求めることは、人間の本質でもある。今、多くの人々はコロナ禍に絶望しているが、絶望を知る人間にしか“希望”は持てない。絶望の中で生まれた希望を頼りに、自分の中にある世界を広げていく。その能力で、新しい時代を作っていくことを、私もみなさんと一緒にやっていきたい」と教育関係者を刺激した。

日本最大のポータル「ヤフー」で求められる“クリエイティブ力”

 基調講演に続いて、ヤフー、CEOブランドコミュニケーション本部 ブランドコミュニケーション部の岡直哉氏が、「自分の強みを活かす働き方」と題し、実際の企業においてクリエイティブな課題解決力がどのように求められているのかについて講演した。

ヤフー株式会社 デザイナー 岡直哉氏
ヤフー株式会社 デザイナー 岡直哉氏

 ヤフーは、1996年に創業した日本最大規模のインターネットポータルサイト事業を展開する企業だ。約7000人の社員で100以上のサービスを展開し、平均月間利用者数は6743万人を数える。

 岡氏は、多摩美術大学デザイン学科を卒業し、2013年に新卒で入社している。入社から3年間は、「ヤフーショッピング」のセールページや、プロモーションページのデザインを担当。その後、ヤフー全体のプロモーションやCM、広告などのアートディレクション、ビジュアルデザイン全体のとりまとめ、推進を担当しているという。

 「私は美大出身だが、高校3年までは、特に美術やデザインに深く触れていたわけではなかった。ヤフーにも、美大出身者は多いが、一般の大学を出てデザイン職についている人も多い」(岡氏)

 職種ごとの社員数は、デザイナーが約400人、エンジニアが約2500人、企画職が約1500人、営業職が約800人となっており、「デザイナー」「エンジニア」といった、直接ものづくりに携わる社員が約半数におよんでいる。社内制度でも、さまざまな試みが行われており、自己申告によって部署異動を希望する「ジョブチェン」や、「副業制度」などが取り入れられている。岡氏自身も、現在の職種に就く際には「ジョブチェン」制度を活用し、休日にはフリーのデザイナーとして副業を行っているという。

「クリエイティブ力」はすべての職種で求められる

 岡氏は、実際の仕事をどのように進めているかを紹介するにあたって、ヤフーとLINEが2021年3月に公開したコンテンツ「スマホ避難シミュレーション」を例に挙げた。これは、東日本大震災から10年の節目として両社が実施した防災や復興支援に関する共同企画「のりこえるチカラ」の一部として制作されたもの。大規模な地震が発生した直後の行動や情報収集、大切な人との安否確認の方法を、ユーザーがスマートフォンで疑似体験しながら学べる内容となっており、期間中にのべ100万人以上が利用した。

ヤフーとLINEの共同制作コンテンツ「スマホ避難シミュレーション」(現在は終了)
ヤフーとLINEの共同制作コンテンツ「スマホ避難シミュレーション」(現在は終了)

 コンテンツ制作の主な流れは「企画」「デザイン制作」「開発・検証」「公開」といったプロセスで進められた。

 「今回の場合、“防災”をテーマに、メンバー全員でゼロから企画を考えた。防災というテーマでのコンテンツは、ユーザーにとってどうしても敷居が高くなりがちなので、スマートフォンで広く楽しまれている“脱出ゲーム”から着想を得て、気軽に参加したくなるものを目指した」(岡氏)

 岡氏は、このコンテンツで主に全体のアートディレクションを担当した。「デザイン制作」「開発・検証」というと、一般的にはデザイナーやエンジニアといった専門職が作業をするイメージがあるが、ヤフーでは基本的に「企画、デザイナー、エンジニアの全員が全工程に関わってものづくりを進めており、すべての職種にクリエイティブ力が求められる」(岡氏)という。

スキルよりも重要な「新しいことに挑戦するマインド」

 岡氏はデザイナー、アートディレクターとして仕事をしていく中で「新しい物を生みだすには、異端児であれ」という、大学の卒業式での学長のスピーチを常に心に留めているという。

 「ここでの“異端児”とは、“変わり者”というよりも“チャレンジャー”という意味に近いと感じている。今までにない新しい価値やクリエイティブを生みだすためには、過去の常識にとらわれない、柔軟な発想力や行動力が必要。それを日々の業務の中で感じている」(岡氏)

 社会のデジタル化が進み、AI技術などが業務の現場にも適用されていく中で、企業では、人間ならではの個性を活かすようなクリエイティブな仕事が増えていくことが見込まれる。そうなると「デザイナーに限らず、あらゆる仕事にクリエイティブな思考が求められるようになるはず」と岡氏は指摘する。

 そうした状況において、社会に出る以前に身につけておくべき能力としては、後から学べるスキルよりも「新しいことに挑戦するマインド」のほうが重要ではないかと岡氏は述べた。

 最後に岡氏は、「受け身ではなく、常に自分自身で、新しいことを探し出して挑戦するマインドは、社会に出てからではなく、学生や幼少期から身につけることができるもの。そうしたクリエイティブなマインドを持った人材は、これからの企業で、自分の強みとなる“個性”を活かして働き、輝いていくことができるのではないだろうか」と話し、学生時代からクリエイティブシンキングを養う重要性を説明した。

 日々変化を遂げる社会で活躍するには、新しい価値を生み出す力が求められている。その力をはぐくむには、社会に出る前に新しいことに挑戦し、クリエイティブなマインドを持つ人材を育成することが、これからの日本の学校教育で求められていることだと2つの講演で分かった。

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著者プロフィール

  • 高橋 美津(タカバシ ミツ)

    PCやネットといったIT分野を中心に、ビジネスやゲーム分野でも執筆を行うフリーランスライター。Windowsユーザー。

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