新たな価値を生みだすために必要な「情報編集力」
では、こうした「新しい価値」を切り拓く「能力」とはどのようなものであり、教育現場においてそれをどう育むことができるのだろうか。
尾原氏はまず、「教育現場はテクノロジーの活用によって、より人間的になる」と説明し、インドの俳優であるSalman Khan氏のTEDにおける講演を引用した。
- 参考リンク:Sal Khan: Let's use video to reinvent education(TED Talk)
Khan氏は、個人の能力や理解のスピードを考慮せず、一律に同じ時間を使って同じ知識を一方的に教え込むという「今までの教育のスタイルこそ、非人間的である」としている。例えば、動画のテクノロジーを活用し、ビデオ講義として単なる「知識」を配信し、生徒・学生がリアルに集まる対面授業で質疑応答や議論の場を設ければ、対面ならではのより深い学びを実践できる。これはいわゆるPBL(Project Based Learning、課題解決型学習)のコンセプトでもある。つまりテクノロジーによってこそ、学習はより「ヒューマナイズ」されるという主張だ。
これを受けて尾原氏は、「変化が激しい時代では、これまでの延長線上での思考は価値を生まない。20世紀は“正解”がある成長社会であり、教育においても、豊富な知識と高い情報処理能力で早く“正解”にたどりつける人材を育てることが重要とされてきた。しかし現在は、“正解”がない成熟社会である。知識から素早く正解を出すことよりも、正解のない課題に対して多くの人が“納得”感を得られる“納得解”を作り出す能力が求められる。そうした社会で生きる人材に求められるのは、自分の中にあるアイデアを、人に伝えて共感を得られる“情報編集力”だ」と力説した。
尾原氏は、こうした「個人が、自分の中にあるイメージやアイデアを、周囲の人々のフィードバックを得ながら表現していく」ということが、テクノロジーの力で可能になっているとする。具体的には、PCやスマートデバイスで利用できるクリエイティブツールであり、SNSやコンテンツ共有サイトといったインターネット上の空間だ。すでに存在するこうした環境を活用することで、「誰もが自分の中にある思いを、まずは小さく形にし、周りの人々から意見をもらいながら、大きなものへと育てていくことができるようになっている」とする。そして、その結果として生まれたものが「価値創造」の基盤となっていく。
このプロセスを、科学技術分野の教育サービス企業であるリバネスでは「QPMIサイクル」と呼んでいるという。QPMIは「Question(疑問)」「Passion(情熱)」「Mission(目的)」「Innovation(革新)」の頭文字である。このサイクルの発端となる「Question」を生みだし、「Passion」に変える好奇心を育てること。そして、それを修正しながら形にしていく「Mission」を、失敗を恐れずに何度も試行錯誤できる機会を作っていくことが、価値創造の能力を育む上で重要なことだと尾原氏は言う。
最後に尾原氏は、まだまだ終わりの見えないコロナ禍にも言及。「グーテンベルクが発明したとされる活版印刷技術は、情報を伝える“本”の大量生産を可能にしたことで、ルネサンス期のさまざまな革命のきっかけとなった。現在は、デジタルの力で誰もがクリエイティビティを発揮し、人に伝えることができる時代。それを楽しんで最大限に活用することが、新しい革命の端緒になる。先が見えず、正解のない社会を生きていくことには不安も伴うが、人類史を振り返れば、そうした中で“道なき未知”を求めることは、人間の本質でもある。今、多くの人々はコロナ禍に絶望しているが、絶望を知る人間にしか“希望”は持てない。絶望の中で生まれた希望を頼りに、自分の中にある世界を広げていく。その能力で、新しい時代を作っていくことを、私もみなさんと一緒にやっていきたい」と教育関係者を刺激した。