「ノンネイティブに教わる違和感はない」学生たち
私の大学の前期の成績締め切りは8月末、オンライン英会話を導入した授業を履修した107名の評価を終え、やっと4月からの授業の流れと学生の学びを振り返って考える時間をもっています。
この授業は、学生にとってかなりハードなトレーニングであったと同時に、学生を見守り、初めての試みにさまざまな発見をしながら、時には叱咤激励しなければならなかった教員にとっても、相当やりがいのある授業でした。どのように成績をつけるかは悩みどころだったのですが、私なりのやり方を後述します。
発見と言えば、4月の頭に学生(1年生)の意識調査をしたとき、驚かされたことがありました。高校までの英語の学習経験において、日本人の英語教員以外から学んだ経験を申告してもらったときのことです。表1は学生の回答をまとめたものです。
学科 | 母語話者 | 非母語話者 |
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学科A | アメリカ (28), イギリス (20), カナダ (10), オーストラリア (6), ニュージーランド (3), 南アフリカ (1), アイルランド (1), スコットランド (1), 不明 (1) | フィリピン (5),中国 (3), ロシア (2), タイ(1), フランス (2), マレーシア (1), シンガポール (1), スペイン (1), オランダ (1), アフリカの国 (1), 不明 (1) |
学科B | アメリカ (33), カナダ (19), オーストラリア (8), イギリス (5) | フィリピン (22), 中国 (4), フランス (2), ドイツ (2), バングラデシュ (1), インド(2), 韓国 (1), スウェーデン (1), コスタリカ (1) |
学生たちの出身中高は公立・私立、地域もさまざまなうえに、学校での英語学習に限った回答ではなく、学習期間も一様ではありませんが、ここで私が注目したのは、フィリピン人教員から学んだ経験の多さです。4分の1ほどの学生が、フィリピン人の先生から英語を教わったことがあり、その他にも複数のアジアの国が報告されています。このことは、私がいかに中高生の英語学習環境を把握していなかったかという反省と驚きにつながりました。
2016年度の実証実験の際には、フィリピン人教員との学習経験を報告した学生は皆無でした。これらの学生は2013年度と2014年度の入学生だったため、数年後の入学生の事情に変化があったのかもしれません。
近年の語学指導等を行う外国青年招致事業(The Japan Exchange and Teaching Programme: JETプログラム)への参加国を見ると、なるほどと思います。表2は、約10年前と現在の外国語指導助手(Assistant Language Teachers: ALTs)の数と出身国を比較したものです。国名は一般財団法人自治体国際化協会の発表に合わせています。
国 | ALT | |
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総数 | 2008-2009 | 2019-2020 |
4,288 | 5,234 | |
アメリカ合衆国 | 2,571 | 2,958 |
カナダ | 498 | 531 |
英国 | 428 | 528 |
オーストラリア連邦 | 249 | 321 |
ニュージーランド | 194 | 236 |
南アフリカ共和国 | 99 | 136 |
アイルランド | 76 | 105 |
シンガポール | 48 | 63 |
ジャマイカ | 46 | 111 |
インド | 17 | 0 |
中華人民共和国 | 10 | 5 |
フランス共和国 | 9 | 4 |
大韓民国 | 3 | 2 |
ドイツ連邦共和国 | 2 | 1 |
ロシア連邦 | 1 | 2 |
フィリピン共和国 | ― | 136 |
トリニダード・トバゴ共和国 | ― | 61 |
バルバドス
|
― | 12 |
エストニア共和国 | ― | 4 |
オランダ王国 | ― | 3 |
ノルウェー王国 | ― | 2 |
スウェーデン王国 | ― | 2 |
セントビンセント及びグレナディーン諸島 | ― | 2 |
ノルウェー王国 | ― | 2 |
その他 | 11 | 7 |
この10年ほどで、ALTは1000人近く数を増やしていますが、アジアの国では、インド、中国、韓国が減っている一方で、シンガポールやフィリピンが伸びています。
オンライン英会話を必修の英語プログラムに導入したいと提案したとき、少なからず「フィリピンの先生で大丈夫か」と懸念が寄せられましたが、フィリピン人の英語教員は、オンラインプログラムだけでなく、日本の学校教育の現場ですでに活躍し始めていたということです。
「1対1」の不安、教員は何をするべきか
とはいえ、学生たちのオンライン英会話に対する不安がなかったわけではありません。
スタート時には、多くの学生が不安を口にしていましたし、毎回のレッスン終了後の振り返りのレポートでも、初めは「先生が早口で言っていることがわからない」「ついて行けるかどうか心配」といった気持ちが少なからず書かれていました。しかし、それは逃げ場がない1対1の状態で50分間英語を学ぶことに対する不安でした。私が驚かされるくらい、学生のフィリピンの先生に対する違和感はなかったのです。
上のコメントで例に挙げた、教員が話すスピードですが、学生にとって相当きつかったはずです。導入したプログラムの教員は、「高速の」質問を2度繰り返しながら学生に浴びせるのですが、この速さはもちろん意図的なもので、英語母語話者が自然に話すスピードよりもかなり速く、分かりやすく語りかけようとする語学学校の教員のスピードの3倍近くにもなるとのことです。この「高速さ」が、学習者の緊張と集中を維持し、母語に置きなおして考える暇を与えず、できるだけ多くのインプットを与えることにより、相当のアウトプットを引き出すことを狙っています。
もう1点、プログラムの特徴として、自由会話を行なわないことが挙げられます。学生は時折、「もっと先生と自由に会話したかった」と不満を漏らしていましたが、この方針には理由があります。
プログラムの提供元によると、おしゃべり(自由会話)ではすでに知っている単語や文法しか使わないのに対し、このプログラムでは常に新出単語や構文を使うので、学びが多く時間を有効に使えるそうです。いろいろな「話し方」がありますが、日本語を一切交えずに対話しながら、新しい単語や文法の説明を理解し、それを即座に使う、というパターンのレッスンにおいては、もっともな考え方でしょう。欲を言えば、多少の自由会話のなかで、互いの文化などについて話すことができれば、英会話だけでなく、異文化理解と交流にもつながるかもしれないと考えています。
先生の話のスピードが速いことに関しては、学生はすぐに、あるいは徐々に慣れていったため、私は様子を見守るだけに留めました。一方、おそらく会話を「コントロールされている」と感じていた学生が多かったはずなので、上のとおりの意図を学生全体に対して一度だけ説明しました。
それでも振り返りのレポートのなかで、自由会話を繰り返し要望した少数の学生には、授業の合間に個人的に言葉を交わしながら、理解を求めました。オンラインプログラムの方針と学生の要望の間に教員(私)が存在して、双方の意図を理解し、伝え合う役割を果たしていることが、学生たちの精神的な安定につながると考えたからでした。