子どものためという目的のもと、無防備に使われる「子どものデータ」
近年、教育の大きなテーマとなっているのが「個別最適な学び」である。それぞれの子どもで異なる個性や事情に合わせて、指導や学習を個別に行うためには一人ひとりについて深く理解することが重要だ。その際、これまで教師によって属人的に行われてきた「個別の把握」を、データとAIの利活用によって実現させようという動きが活発化している。しかしながら、そこには「データの流出」などさまざまなリスクがあることは間違いない。
冒頭で、東京財団政策研究所 研究主幹の松本美奈氏は「子どものデータの利活用に伴う問題」を提起。一部の自治体において、ある企業が子どもの個人情報を直接取得・管理し、保護者に十分な説明のないまま教材開発などに活用されていたという事例を紹介した。
こうした問題が生じるのは、データがAIを媒体にしているからだ。AIはこれまで「ツール」とみなされてきたが、すでに自ら学習・思考・判断する「ブラックボックス」化しつつある。銀行の融資の適否、戦争の攻撃目標の提示など、人が追いつけない判断を委ねるような存在に、無防備にデータが吸い込まれている状況だ。

松本氏は「教育界において『子どもの教育のため』という大目的のために、データとAIの利活用が進められているが、『子どものデータは誰のものなのか』など、一切の議論がなされていない」と指摘する。そもそも日本におけるルールづくりがまったくできていないというのが実情というわけだ。
法学的観点から見た、子どものプライバシー権とデータ保護の課題
では「子どものデータ」をどのように扱えばいいのか。それを考える起点のひとつとして、法学的観点から「子どものプライバシー」として捉えた見方が、岡山大学学術研究院 社会文化科学学域で法学の教授を務め(現・神戸大学教授)、こども家庭庁の「こどもデータ連携ガイドライン」の策定にも携わる憲法学者の堀口悟郎氏から示された。

堀口氏は子どものデータの問題について、憲法学の観点では「プライバシー権」と「子どもの権利」の両側面からの議論が必要だと語る。プライバシー権は成人を前提に考えられることが多いが、子どもは理解力や判断能力が未成熟であることから、自分のことを自分で決定する「人格的自律」や「自己決定」の重視だけでは不十分という考え方だ。
「プライバシー権」は、かつて私生活をのぞき見されない「私生活秘匿権」に始まり、自分の情報の取り扱いを自己決定できる「自己情報コントール権」や「単純情報への拡大」を経て、自己決定だけでなく「積極的な保護」が求められるようになってきた。さらに近年はAIによる「プロファイリング」のようなデータの「管理」が問題の焦点となっている。プロファイリングの結果が真実に合致している場合はセンシティブな情報を取得するのと同じ結果となり、真実に合致していない場合は誤った個人像を作り出されてしまう。いずれにしても個人をデータのみに基づいて決めつけたり選別したりすることは危険というわけだ。

「子どもの権利」について、憲法学は「人格的自律」「自己決定」を重視しながらも、理解力や判断力が未熟な子どもに自己責任を負わせるのではなく、時には自己決定に一定の制限をかけてでも保護が必要という考え方をしている。また、堀口氏はそうした「自己決定を制限する保護」に加えて、「自己決定を支援する保護」が重要という見解をとる。自己決定の責任を他者が引き受けることによって、子どもの自己決定を支援するというわけだ。例えばセーフティネットがあり、柔軟な撤回・変更が可能な環境なら、子どもが自己決定しやすくなるという。また、保護者や教師などの関係者が決定を行う場合、子どもの意見を聴き、それを尊重することが重要だとされる。

