市長のリーダーシップのもと、早期からICT教育に取り組む佐賀県多久市
──まずは佐賀県多久市のご紹介と、市が取り組むICT教育について詳しくお聞かせください。
佐賀県のほぼ中央に位置する多久市は3つの義務教育学校を設置しており、それぞれの学校で小中一貫教育を行っています。また、国の重要文化財である孔子廟の「多久聖廟」があることから、文教の里として論語教育にも力を入れています。
私が市長に着任した1997年当時、市内の学校のパソコン教室はほとんど使われておらず、ロックがかけられたOS不明のコンピューターがただ並んでいるだけのような状態でした。「これはまずい」と思い、まずはパソコンの総入れ替えを実施しようとしたのですが、予算もありません。そこで通商産業省(当時)の予算を活用し、実証実験として整備することにしたのです。
これを皮切りに、国や民間企業と協力しながらさまざまなプロジェクトに取り組んでいきました。さらに、まだ1人1台端末が整備されていなかった時期に、まずは電子黒板を市内全校の普通教室へ一気に整備しました。当時は学習用端末で使えるアプリも少なく、教科書のデジタル化も難しい状況でしたので、まずは協働学習に使える電子黒板の整備から始めたのです。先生方にICT機器へ慣れていただくという意味でも、大きな効果があったと思います。
また、電子黒板の整備と同時に、当時10校だったすべての市立学校にICT支援員を1人ずつ配置しました。これはICTに苦手意識のある先生が「よくわからないからできない」と逃げてしまうのを避けるためで、ある意味戦略的に実施したものです。もちろんやる気のある先生をサポートするという意味でも非常に有効でしたし、現在も多久市立の義務教育学校には最低1人、児童生徒数が多い学校には2人のICT支援員がいます。
GIGAスクール構想がスタートしてからは、1人1台端末や学校における高速ネットワーク環境の整備はもちろんのこと、学習系・校務系のシステムのフルクラウド化にも取り組みました。なお、多久市では最初から端末の持ち帰りを前提に1人1台端末を活用しています。持ち帰りが実現してこそ端末を日常的に活用していると言えますし、コロナ禍においては急なオンライン授業にも対応できました。よく「持ち帰りをすべきかどうか」といった議論があるようですが、私は不毛な議論だと感じます。
もちろん、デジタル教科書や教材も活用しています。こうした教材が広がることによって、先生同士がノウハウやカスタマイズした教材をデータで共有できるなど、授業準備の負荷軽減にもつながります。また、児童生徒一人ひとりに個別最適化された学びも実現し、実際に学力が向上していることが多久市での実証調査からわかってきました。
オンライン授業で印象深かったのは海外からつないだ事例です。ご両親のお仕事の都合により海外から来日し、普段は多久市に住んでいるお子さんが家族で一時的に帰国したところ、新型コロナウイルスによるロックダウンで出国できなくなってしまいました。その子は帰国時に端末を持参していたため、そのPC端末を使って海外から授業に参加することができたのです。クラスメイトともスムーズに会話ができ、数カ月後日本に戻ってきた際にも授業に遅れることなく復帰できました。こうした様子を見ると、やはりICTの力を実感しますね。
──多久市でICT教育を推進する際に、特に重視している点を教えてください。
何よりもまずは予算をきちんと確保し、有効活用することは重要です。また、市長と教育長が連携し、リーダーシップを発揮することも欠かせません。加えて、組織としての力を発揮するという点は、常に意識する必要があるでしょう。思いつきでやる単発の取り組みは持続的ではなく、意味がありません。
また、多久市は民間企業との連携を非常に重視しています。SB C&Sや日本マイクロソフトのスタッフの方にはプロジェクトごとに熱心にサポートいただき、教員のリモートワークの実証など、私たちだけでは不可能だった成果を上げることができました。この取り組みは文部科学省にも注目され、ICT教育によって学力向上と先生の働き方改革が同時に実現することを証明できたと自負しています。