オンライン授業で困っている人のヒントに
「このオンライン授業のパターン・ランゲージの個々のパターンには『私はもうやっている』といったものもあるかもしれない。人によっては普通にやっていることではあるが、他方で『そうか、その発想はなかった』『なるほど、やってみよう』というものもあるはず。どのパターンも昨年、実際のオンライン授業で行われたものばかり。ぜひこれらが、みなさんの実践をより良くするヒントになればと思う」と、井庭教授は言う。
【カテゴリ2】新しい学びのかたちをつくる
オンライン授業のパターン・ランゲージでは、前編で紹介した「離れた世界をつなぐ」という前提を成り立たせた上で、「新しい学びのかたちをつくる」ことが可能となる。リアルの授業を前提として、それをオンラインに「載せ替える」意識でいると、どうしてもオンライン授業で「できないこと」ばかりが目についてしまう。しかし、実は「オンラインであるメリット」も多く、オンライン環境であることを前提として《授業の再設計》をすることで、「新しい学びのかたちをつくる」ことができる。ここでは「オンライン授業ならでは」の事例が多数紹介された。
分散された環境を活かす
オンライン授業はみんなが1カ所に集まるのではなく、全員がそれぞれの場所から参加している。これを「分断されている」と見るのではなく「多様な場所から参加できる」と見方を変えることで、新しい可能性が生まれる。
パターン(13)それぞれの場所
別々の場所から参加していることを活かして、各自の周辺にあるものやそこで発見したことを持ち寄り、学びにつなげる。
ここでは、SFCの石川初教授による建築やランドスケープに関する授業の事例が紹介された。リアルの授業では全員が同じキャンパス内で研究対象を見つけていたが、オンラインでは各自の家の周りにあるものを対象とすることで、例年よりも多様で魅力的な授業となったという。各自、写真に撮影し、それについての「鑑賞ガイド」をつくったり、1/20に縮小した自分のキャラクターを制作し、家にあるもので「自分の庭」を制作したりする課題を行った。また「デザイン言語総合講座」の授業では、コンビニ食材で「そそる謎メニュー」をテーマに新しいメニュー開発を行い、写真で紹介した。井庭教授の授業でも、自己紹介の中で「家の中にある『お気に入りのもの』」を紹介し合ったところ、非常に盛り上がり、好評だったという。
パターン(14)現地からのリアリティ
自分やゲストスピーカーが今いる場所から、その地域・環境のことについて見せたり語ったりすることで、そのリアリティを体感・実感できるようにする。
井庭教授のオンライン授業では、ゲストスピーカーに神戸や奈良、島根、イタリアなど、住んでいるところから遠隔で登壇してもらった。それが可能になるのも、オンライン授業の良さというものだろう。
中でも、遠隔ならではのメリットを実感させた事例として紹介されたのが、熊本・南阿蘇で農業に取り組むゲストスピーカーが行った「ヴァーチャル農園ツアー」だ。リアルタイムに行われたことで、時間を共有している感覚とリアリティを十分に感じることができた。ほかの授業では、米国やドイツなど海外から遠隔登壇してもらい、現地の状況を語ってもらったという。
パターン(15)匿名のメリット
リアルな授業ではまずできないことが、匿名やハンドルネームによるコミュニケーションだ。匿名であることはネガティブに受け取られがちだが、比較的自由にコミュニケーションが行いやすくなるメリットもある。匿名であることを逆手に取った授業をデザインすることもできる。
事例では、SFCの加藤文俊教授による「リフレクティブデザイン」の授業が紹介された。講義ではカメラオフ、ミュートの状態に加え、「ベータ村」というコミュニケーションスペースを用意し、参加者は全員ハンドルネームを用いた。すると、発言に責任を持ちつつ、素直な意見が言えるようになった。さらに、グループワークはそのハンドルネームすら使わずに、正真正銘の匿名状態で実施。誰とグループワークをしているのかがわからない中、コミュニケーションの内容だけを頼りに共同作業を進めていく経験ができた。この授業は、ハンドルネームと完全匿名という、二重に個人を特定せずにコミュニケーションする手法を使ったユニークな授業となった。
情報空間を介した学びの設計
オンラインの授業では、全員がパソコンやタブレットを用いて授業に参加することが前提だ。その前提をうまく活用することで、リアルな教室では難しかったことも行えるようになり、工夫次第でさまざまな学びを実現することができる。
パターン(16)目の前でつくる
パソコン上でつくっているプロセスや、手でつくったり描いたりする様子をリアルタイムに共有し、つくり手側の視点を体験し、味わえるようにする。具体例として、SFCの鳴川肇教授による「デザイン観察基礎」のデッサンの様子が紹介された。どのような感じでどんな手順で描いているか、手元が画面に大きく見えるため、自分で描いているかのような追体験ができる。ノートパソコンであれば画面を傾けるだけでも簡単に手元を見せることができる。ただ、この場合は上下が逆になるので、学生にも同じ目線で共有したいのであれば、スマートフォンホルダーを用いて、上から撮るとわかりやすいという。
また、Zoomとクラウドのアプリは相性が良く、チームでのコラボレーションに適している。井庭教授はAdobe IllustratorやKeynoteを画面共有して、板書をするようにその場で話しながら図をつくることもあるという。
パターン(17)パラレル・ルーム
オンラインでは、複数のブレイクアウトルームを簡単につくることができるメリットを活かし、成果発表会などを新しいかたちで行うことも可能になる。例えば、グループワークの成果を発表する際に、代表者がプレゼンをするのではなく、グループ・メンバー人数分のブレイクアウトルームを設け、メンバー全員が(それぞれの部屋で)発表することができる。ほかのクラスメイトは、各部屋にランダムに割り振り、それぞれの部屋の参加者は少人数であるため、質問をしやすくなるメリットもある。
井庭教授の研究室では、最初の学期末の成果発表会をその方式で行い、次の学期にはさらにアレンジした方式で行った。アレンジした方式では、プロジェクトごとにルームを持ち、同じテーマの成果発表を何回か繰り返しながらも、それぞれのスロットで少しずつ異なる視点・内容を盛り込むようにした。オーディエンスは見たいルームに自由に出入りすることが可能で、ずっと同じ部屋にいれば1つのテーマを多面的に理解することができ、次々と移動すればいくかのテーマの発表を聴くこともできる。このように、聴き手の自由度を持たせながらも、メンバー全員が発表者になるように工夫したのだという。
パターン(18)他の人の感想
授業やほかの学生の成果物への感想の書き込みを、参加者同士が読むことができるようにし、ほかの人が何を感じ、何を考えたのかということも、学びの素材になるようにする。ここでは、井庭教授の「ワークショップデザイン」の授業で、ふりかえりの提出をSlackの投稿として行うようにして、学生同士で見られるようにした例や、筑波大学附属中学校でロイロノート・スクールを活用し、感想を共有した例などが紹介された。
部分から全体を編み上げる
クラス全体で何かを生み出す授業は組み立てが難しい。一気に全員で行うよりも、部分的に取り組み、それを踏まえて全体の学びや発見を共有する方が一人ひとりの「関わった感」が大きいという。これらをオンラインで実現する方法が紹介された。
パターン(19)小さいグループから
話し合いは2~5人の少人数からはじめ、そこで話したことを全体で紹介するようにして、各自の率直な意見やアイディアが出やすい場にする。
井庭教授の研究室でも実践しており、小さいグループから、それを3~4つにまとめた中くらいのグループ、そして全体というように、2~3段階で行っている。特に新入生や控えめな学生は、全員がいる場ではなかなか発言しないが、少人数にグループの中では話しやすくなる。そのグループで話したことをまとめて上位グループで発表することで、自然と意見やアイディアが吸い上げられ共有されるようになる。
井庭教授は「『自分の発見』(my discovery)を愛(め)で、『相手の発見』(your discovery)を尊重することを経て、初めて『私たちの発見』(our discovery)に至るプロセスにすることが大切だ」と語った。これらは、学びについての探究仲間である市川力氏から学んだという(井庭崇編著『クリエイティブ・ラーニング:創造社会の学びと教育』で詳しく紹介されている)。
パターン(20)学びの素材づくり
あらかじめ教員が教材を用意するのではなく、参加者が授業の中でつくり出したものを学びの素材として用いることで、クリエイティブ・ラーニング(つくることによる学び)が実現するとともに、一体感も生まれる。
井庭教授の「ワークショップデザイン」の授業では、学生がグループワークでつくったワークショップを全員で体験し、そのふりかえりやフィードバックによって設計意図などを話し合いながら、ワークショップのデザインについての知見・理解を深めていく。つくったワークショップの出来栄えを競うのではなく、その過程での学びが目的となっている。
この授業は何年もリアルな場で行われており、非常に盛り上がるだけでなく深い学びを起こしてきた。井庭氏は当初、これをオンラインでできるのか不安だったという。しかし結果的には「オンラインでも新しいかたちでとてもうまくいった」と振り返る。学生がZoomのホストとなり、ブレイクアウトルームの設定やツールの選定、スライドなども作成し、オンラインでのワークショップを設計・ファシリテーションすることができた。オンラインでの多様なやり方や工夫を、みんなで生み出し共有したことで、時代の先端をいく学びにもなった。
パターン(21)発見の編み上げ
それぞれの気づきや発見を持ち寄ったり、その場で生み出したりしたものを編み上げたりしていくことで、全体でのより大きな発見に結びつくようにする。実際に、井庭教授の「パターンランゲージ」の授業では、学部生1~4年生の120人が、オンラインで1つのパターン・ランゲージをつくっている。《学びの素材づくり》は、あくまでも学びを生み出す部分的な素材の作成に止まるが、このパターンでは、クラス全体で1つの構築物をつくるという違いがある。
時間割の枠を超える
ここまではリアルタイムに行うライブ配信型の授業の例が中心だったが、時間割の枠を超えるという意味で、オンデマンドも活用しない手はない。より大きな効果を出すための、オンデマンド型授業に関するパターンが紹介された。なお、ここまでに紹介してきたパターンも、オンデマンドにも活用できるものは多い。
パターン(22)オンデマンド・ライブ・ミックス
オンデマンドとライブを使い分ける。レクチャー部分は、自分のペースで視聴でき、繰り返し再生も可能なオンデマンド映像で閲覧するようにし、質問やグループ活動をリアルタイムに集まる時間で行う。すると、グループワークを授業時間内に行う「反転授業」が実現する。その結果、トータルで必要な時間は同じままで、教員や授業アシスタントがグループ活動を見て回ったり、アドバイスしたりすることができるため、学びをより深めることができる。
パターン(23)視聴期限
「いつでも見られる」ことは「いつまでも見ない」ことにつながる。ついついため込んでしまい、学期末にまとめて見ることや、見ないままで終わってしまうことになりかねない。そこで、オンデマンド映像の視聴できる期間を制限したり、その内容に関わる課題を設けて締め切りを設定したりすることで、学生がため込まないように促すことができる。これは、オンラインセミナーのアーカイブ視聴などでも定番のやり方だ。
パターン(24)おまけのオンデマンド
授業内容に関わる背景知識や応用的な内容、フォローアップの解説などを収録した追加のオンデマンド映像を用意する。見たい人だけが見て、補習的に学んだり、より高度な話を聴いて学びを深めたりできる。井庭教授の授業では、授業前に授業アシスタントとともに授業で扱うものの準備をしている動画も保存しておき、見たい人が見られるようにした。これにより、興味がある学生は自分たちが手にしているものがどのようにつくられたものなのか、理解を深めることができた。