立命館が大学を「外へ開放する」理由
──「TRY FIELD」は民間企業や自治体、地域の方々に開放されています。こうした活動のねらいと、そこに至った背景を教えてください。
立命館大学の大阪いばらきキャンパスは、開校した2015年当時から塀のない、めずらしい構造をしています。もともと、市民の皆さまや企業が大学の中にどんどん入ってこられるような、開かれた空間を目指していました。とは言え、物理的に開かれているだけでは、大学で何が行われているのか見えづらく、実際に外部の方が大学と一緒に何らかの取り組みをするには、精神的なハードルがありました。
そこで、小学生から企業の方まであらゆる人に気軽に大学の中を覗いてもらおうと、TRY FIELDを企画したのです。新棟では掃除や警備を担うロボットが廊下を移動する、ユニークな様子をご覧いただけます。また、1階では学内での研究成果を公開しており、建物の外からも見やすい環境を整えています。こうした工夫によって、外部と本学との共創プラットフォームの実現を目指しています。
──なぜ大学を開放し、企業や地域の人々と積極的に共創するのでしょうか?
学生に対して、学部の専門的な教育を行うことが、大学の基本的な成り立ちではあります。しかし、教員が一方的に知識を教えれば社会の問題を解決できるようになるかというと、そうではありません。今の社会においては、技術や環境が急速に変化しており、求められる能力も幅広い。総合的な力を持って活躍できる人材を社会が求めていると言えます。
そのため、大学の教員が研究目線での問題解決アプローチを示す一方で、民間企業などのさまざまな立場の視点も届けたい。また、学部を越えた学生同士の共創によっても、新しい視点や多様性を身につけることができると考えています。
──このTRY FIELDを運営しているのが、三宅先生がけん引する「社会共創推進本部」です。こちらはどのような組織なのでしょうか。
全学の研究・教育リソースと、企業をはじめとした外部組織をつなぎ、社会共創の取り組みを支援するチームです。学部の異なる学生たちが交流することによって、新しい気づきや発展が生まれるという話をしましたが、それは教員や職員も同様です。
そのため社会共創推進本部では、大学でのプロジェクト組織を立ち上げる際にありがちな、あらかじめ決められたポジションと人数をもとに集まってもらう方法ではなく、有志の先生方に参画していただいています。TRY FIELDの取り組みに共感したり、自分の研究に役立つと感じたりした先生が、続々と増えているという状況です。
拠点は新棟4階の「コ・クリエーションエリア」です。ここをハブとして、学生や教員、自治体や企業の方々が集まり、社会課題解決のための議論やプロジェクトを進めています。物理的な拠点は大阪いばらきキャンパスの新棟ですが、びわこ・くさつキャンパスや衣笠キャンパスとも連携し、他キャンパスでもTRY FIELDの活動を行っていきます。
持続性も考慮──安心して失敗できる環境を用意
──そういったTRY FIELDの活動に学生が参加する場合、どのような形で携わるのでしょうか?
TRY FIELDのコンセプトとして、学生が安心して挑戦と失敗をできる場所を目指しています。小中高校も大学も、学生が「転ぶ前」に手を差し伸べることが多いのですが、TRY FIELDでは学生のチャレンジを後押しします。チャレンジし、仮に失敗したとてもそこから得たものは次に生かすことができます。社会へ出た後に大きく失敗することは難しいですが、TRY FIELDでは豪快に失敗していい。自転車に初めて乗るときのように「派手に転ぶ」ことを応援したいですね。大学の教員だけでなく、企業や市民の方が一緒になって見守ることで、安全に失敗できる環境を整えたいと考えています。
具体的な学生の関わり方は、いくつか想定できます。ひとつは、新棟に設けられている施設や、そこで開催されるイベントを訪れて企業や地域の方々と交流するというパターン。例えば、日本マイクロソフトが運営する人材育成拠点の「Microsoft Base」でのイベントでは、同社の技術者が最先端のAIについて直接講義を行います。
また本学では長年、起業家を育成するアントレプレナー教育を充実させてきました。起業を目指す学生は、新棟1階にある、社会課題解決に取り組む活動拠点「SEEDS(シーズ)」をディスカッションの場として活用したり、4階のコ・クリエーションエリアで企業の方と協業したりもできます。
すでにコ・クリエーションエリアを拠点として、学生の知恵を借りたいという企業も出てきています。そういった企業の課題解決に関わるといったケースもあり得るでしょう。
──TRY FIELDは、学生だけが何かを教わる場所ではなく、企業や行政など多様な立場の方が影響し合って、それぞれが何かを得られる場所なのですね。
そうですね。これまでの産学連携は、大学からの技術移転など、大学と企業のどちらかが与える見返りにお金をもらったり、寄付を受けたりといった関係性でした。
しかし、TRY FIELDという場所には、お互いが持って帰れるものがある。企業も本学の教員も、さらには小中高校の先生方も、何か得られるものがある仕組みです。一方が与えるだけの関係は「お金の切れ目が縁の切れ目」というように、続かないものです。ですから、参加する人たち同士がWin-Winになる活動を目指しています。
小中高生が将来を思い描ける場に
──義務教育課程でも「探究的な学び」が注目されており、学校外とのつながりが重視されています。TRY FIELDでは小中高校との取り組みもあり得ると思いますが、具体的にはどのようなことが可能でしょうか。
実は新棟が完成する前の昨年度から、小中高生とどのような活動ができるのか探っており、昨年9月には立命館守山高校の生徒さんも参加したイベントを開催しました。アドビの画像生成AIツールを活用し、自分のアイデアを伝える表現を学ぶワークショップで、大学生と高校生に同じグループで作業してもらい、プロンプト(指示の言葉)を入力したら、誰でも簡単に画像を作れることを体験してもらう内容です。
個人的には、年齢が離れていることもあって大学生が一方的に高校生へ教える形になることを懸念していたのですが、大学生・高校生双方からの評判はよいものでした。生成AIで画像を作る際には、プロンプトの言葉のセンスやアイデアが問われます。その点では、大学生と高校生に差はなく、むしろ「発想の着目点が違う」ということを楽しんで、お互いに学びを得ていた様子です。
また、高校生にとっては、自身の将来をイメージする機会になったようです。ある生徒さんは、大学に対して「何か難しいことを勉強する場所」という印象を抱いていたそうです。しかし、実際の大学の環境を目の当たりにし、直接大学生と話すことで、具体的なイメージが湧いたといいます。ワークショップの合間も、大学生に質問している生徒さんがいて、話が弾んでいました。
さらに、高校の先生と大学の教員の交流も生まれました。担任を持ち、生徒との距離が近い高校の先生から、今の子どもたちの生きた情報を聞くことができるのは、大学の教員にとっても学びが大きかったと思います。
新棟完成前に実施したワークショップでこれだけの相乗効果がありましたから、これからもこうしたイベントは続けていく予定です。新棟には「Learning Infinity Hall」という、オンライン・対面の両方に対応したハイブリットな学びの空間があるので、そちらを活用してさまざまな学校と交流していきたいですね。
──小中高校の先生がTRY FIELDに興味を持った場合、まずは社会共創推進本部にコンタクトをとるのがよいでしょうか。
いえ、新棟にはいつでも気軽に来ていただいて、見て回っていただければと思います。新棟の1階部分は多くが一般に開放されています。「SP LAB」という9つのガラス張りのラボもあり、見学は自由です。Microsoft Baseにも10時から18時まではスタッフが常駐しているので、自由に出入りしていただいて構いません。食堂も外部の方が利用できるようになっています。もちろん、そのうえで何か一緒に取り組みを始めたいという場合は、われわれ社会共創推進本部にお問い合わせください。
──最後に 「TRY FIELD」での共創に興味のある小中高校の先生にメッセージをお願いします。
企業や自治体、研究者、大学生が集まるTRY FIELDで、小中高校の先生や児童生徒の皆さんと共創することには、無限の可能性があると思います。ですので、トライすることを見つけるために、まずはTRY FIELDを訪れていただきたいです。何か一緒に取り組むことができればうれしいですね。
大学と社会をつなぐ共創プラットフォーム「TRY FIELD」の公式サイトでは、イベントの開催情報などを掲載しています。TRY FIELDの取り組みにご興味のある方はぜひご覧ください。
また、立命館大学 大阪いばらきキャンパス新棟の設備については、EdTechZineの記事「立命館大学・大阪いばらきキャンパスに新棟が誕生──挑戦と共創の空間「TRY FIELD」とは?」で詳しく紹介しています。