さまざまなキャッシュレス決済が普及する中で、学校や教育機関においても急速に導入機運が高まっている。それに先駆ける形で「近畿大学」では、2016年より一部学生に対してプリペイド機能付き学生証を発行し、2018年からは学内店舗や食堂、さらに2019年の学園祭の屋台などでもキャッシュレス決済サービスを導入してきた。その普及・活用促進を目的とした、さまざまな取り組みの実際や学生の反応、今後の可能性などについて、近畿大学 総務部の上原隆明氏にお話を伺った。
キャッシュレス社会をいち早く学生に体験させ、気づきを与える
「近大マグロ」や「ド派手入学式」など話題に事欠かず、6年連続で志願者数日本一(2019年、教育情報会社大学通信調査)となった近畿大学。世の中の新しい仕組みやテクノロジーをいち早く導入することで知られ、インターネット出願や卒業証明書のコンビニ発行など、ICTを活用した「ブランド戦略」も注目を集めてきた。
「もちろん、『学内の課題を解決するため』であれば、どんなソリューションも積極的に取り入れたいと考えています。しかし、せっかく導入するのならば、新しく画期的なものにチャレンジしたい。いち早く世の中の動きを取り入れることは話題にもなり、大学としてのブランディングを進める上で『目立つ』ことは効果的です。さらに、時期尚早と言われる段階であっても、学生に社会に対する課題意識や『気づき』を提供する上で大変有効と考えています」
そんな近畿大学が現在、積極的に進めている取り組みの1つが「キャッシュレス化」だ。しかも、活用を開始したのは、消費税増税を機に「キャッシュレス元年」として急速に普及した2019年以前。単にサービスを享受するだけでなく、さまざまな企業と直接連携する形で試行錯誤を繰り返しながら、導入・普及を進めてきた。
そのきっかけとなったのは、2016年開設の国際学部の学生から導入を開始した「学生証一体型VISAプリペイドカード」だという。
同学部の学生は入学後、1年次後期から1年間の海外留学を必須としており、その留学先の多くが米国の大学である。米国での決済手段はクレジットカードをはじめとするキャッシュレスが主流。国際送金や為替交換などの煩雑さや利便性を考えると、留学にはクレジットカードが必携品だ。しかしクレジットカードの発行には審査が必要で、未成年の学生にはややハードルが高い。
そんなとき、近畿大学は韓国でクレジット機能を持つ学生証が一般化していることを知り、三井住友カードおよびビザ・ワールドワイド・ジャパンと提携し、日本初の「学生証一体型VISAプリペイドカード」の発行にこぎ着けた。
「まずは国際学部の学生500名に導入し、翌年の2017年からは全学生へと広げました。専用Webサイトには保護者もログインでき、プリペイドカードへのチャージ(入金)や月々の使用内訳の閲覧が可能です。VISAカードの使える店舗ではクレジットカードと同じ感覚で使うことができる一方で、チャージには限度額が設けられているため『使い過ぎを防止できる』と保護者からも好評でした」
キャッシュレス決済が使える環境ながら、利用率は1割程度
プリペイド機能付き学生証の次は、スマートフォンによるQR・バーコード決済を2018年12月より導入した。まずはLINEの協力を得て、学内の購買やコンビニ、食堂の9店舗において「LINE Pay」の利用を開始。LINEと言えばほとんどの学生がコミュニケーションツールとして使っており、そのアプリ内で支払いが完結するため、親和性の高さが決め手となった。
「大学の導入事例としては『ほぼ初』のことで、プレスリリースには関係各界から大きな反応がありました。『学生証一体型VISAプリペイドカード』のときもそうでしたが、『日本で初めて』の取り組みの場合、事業者さんも初めてで、いわば本学が実験場となります。そのため、端末機器やプロモーション用の機材、さらにキャッシュバックキャンペーンなどのコストも先方にご負担いただき、最小コストで導入することができました」
導入においては学校側もリスクを負い、調整に対応するわずらわしさがないわけではない。しかし、コスト面で大きく圧縮できるのは、先駆者ならではの役得とも言えるだろう。いわば一発目の花火は大成功。しかし、導入から数カ月間の利用率は5%にとどまり、学内に浸透したとは言えない状況だった。
しかし、それにひるむことなく2019年4月にはマルチ決済端末を導入し、「PayPay」「メルペイ」「楽天ペイ」などのQR・バーコード決済、さらに「iD」「QUICPay(クイックペイ)」などの非接触型決済、「ICOCA」「PiTaPa」といった交通系ICカードの決済にも対応した。
ほぼ全ての主要キャッシュレス決済に対応したものの、「学生証一体型VISAプリペイドカード」は導入から2年目で10%程度、ほかのキャッシュレス決済についても2019年の7月時点では総決済の中で11%の利用率にとどまり、その浸透率の低さに上原氏ら大学側は首をかしげるばかりだったという。
「実は、売店の支払いレーンを『現金』と『キャッシュレス』の2つに分ける実験を行ったことがあるんです。ですが昼休憩の時間帯でも、現金のレーンにはずらっと行列ができるけど、キャッシュレスの列にはほとんど人がいない状況でした。次第に現金レーンが短くなっていくかと思っていたのですが、数カ月が経過してもほぼ変化がありませんでした」
キャッシュレス決済導入時には、キャッシュバックキャンペーンも行っている。レーン分けは「お得感がダメなら利便性を訴求しよう」との取り組みだったが、思うような効果が得られない。そこでまずは「学生がキャッシュレス決済を使わない理由」を調査するべくヒアリングを行ったが、「わかりそうでわからない」というのが実感だったという。
「『インターネットバンキングの登録が面倒』『プリペイド機能に口座をひも付けるのが大変』といった金融リテラシーの問題、『落としたときが怖い』『アプリにチャージするのが不安』といったセキュリティへの不信感、『知っているけど、何かと面倒』『アプリの立ち上げに時間がかかる』と面倒くささを挙げる人もいました。しかし、どれも決め手に欠けることばかりで、『絶対に使わない』とかたくなに思っている人はいませんでした。『これはもうマインド面の問題ではないか』と考えたのです」