近年、21世紀型スキルとして、コミュニケーションスキル、問題解決能力などを伸ばすため、アクティブラーニングや反転学習、初等教育での英語必須化、プログラミング教育といった手法が注目されている。しかし、新井氏はこれからの時代、本当に必要なのはこれら表面的な知識やスキルではないという。
東ロボくんが目指したもの
新井氏は2011年からAIにセンター試験の問題を解かせ、東大に合格できるかどうか、というプロジェクト「東ロボくん」をスタートさせた。2016年、センター模試で総合偏差値57.1の成績で、2次試験の基準を満たさなかったため、結果としては東大合格は実現しなかったが、実力としては全大学の75%が合格率80%の圏内に入るほどのAIを作り上げた。80%圏内には、23の国立大学、512の私立大学が含まれる。MARCH/関関同立ならば十分合格できるレベルといってよい。
プロジェクトは「東大をめざす」ことを象徴としたが、研究目的は試験のパスではなく、現状のAIの限界や課題を明らかにし、汎用的、複合的なAIがどこまでの処理が可能かを確かめることにあった。東ロボくんプロジェクトでは、大学入試問題をAIに解かせるという研究から、現状の深層学習の課題が整理・確認できたという。そして、当面は「シンギュラリティはこない」という考えも間違っていないことを確信した、と新井氏。
なぜかというと、「現在のAIは、数学でいう『論理(幾何・代数)』『統計』『確率』という3つの『言語』でしか動いていないからであり、物事を表すことはできるが意味を記述(理解)することはできないからだ。意味を理解し、思考するために別の数学言語が必要である。しかし、4千年の歴史を持つ数学において、あと数十年で4つ目の新しい『言語』が確立される可能性はほとんどあり得ないと思っている」と新井氏はいう。
実は人工知能は何も考えていない
つまり、数学の言語をベースにしたAIは考えたり思考したりしているわけではない。90年代に研究された第5世代コンピュータは「論理」だけでAIを実現しようとして失敗した。近年の機械学習や深層学習は、統計と確率という言語を利用して、一応の成功を治めている。
囲碁や将棋では人間よりも強いAIが生まれている。犬や猫の写真はかなりの精度でAIは判定できるようになっている。しかし、新井氏は次のようにもいう。
「AIが行っているのは、多数の犬の画像や猫の画像を評価し、『これは犬っぽい特徴があるから犬』『猫っぽいので猫』と判断しているだけであって、『犬』という意味を理解しているわけではない。もちろん正しさも保証していない。結果的にほぼ正しいというだけである」。
機械学習や深層学習では、「耳がとがっていれば猫」といった論理だけで判定するより精度は上がっているが、未知の対象、過去に学習していないものに対しては機能しにくいという問題がある。新しいパターンでエラー(誤判定)を繰り返すようなら、新しいデータで犬と猫の境界線を引きなおす作業(学習)が必要になる。このような学習作業や、パターンの評価に重みをつけたり、結果を評価する部分に人間の介入が必要である。事前学習なしのAIも研究はされているが、今のところ、すでに確立されたAIモデルを複数組み合わせるアプローチが採られている。組み合わせるAIモデルは人が介入して作られたものだ。