プログラミング教育に対する現場の混乱
佐藤正範教諭は、現在東京学芸大学附属竹早小学校教諭、東京学芸大学こども未来研究所学術フェローとして小学校段階でのプログラミング教育の実践、研究を行っている。もともと北海道札幌市で建築設計エンジニアとして働いたり、STEM教育を実施したりといった経歴があり、小学校教員になったのはその後のこと。小学校でのプログラミング教育が話題になる前からSTEM教育に注目し実践してきたひとりだ。
佐藤先生によれば、現在小学校の現場ではこれから始まるプログラミングの扱いについて非常に混乱していて、その要因はたいてい以下の3つに集約されるそうだ。
- プログラミングが独立した教科ではないこと
- プログラミングでコードを書けるようになることを目指すのではなく、各教科の内容理解のためにプログラミングを活用するとされていること
- 「プログラミング的思考」という言葉がよくわからないこと
「プログラミング教育」自体が抽象的な概念でどう解釈したらよいか瞬時に理解できないため、漠然とした不安を抱えてしまうようだ。
現場の先生たちと外部講師の温度差
小学校にはプログラミングを教えられる先生は少ないので、一般的には外部の講師や支援員が授業をすることが多いそうだ。ところが、そうした授業ではたいてい「プログラミングやるよー」といきなり始まってしまう。小学校の先生というのは、普段教科の授業で、子どもたちにとっての必然性や身近な例などから「導入」することを非常に大事にしているため、このやり方に大きなギャップを感じてしまうという。
その違和感は、「そもそも子どもたちはプログラミングやりたいと思ってるの?」「プログラミングって必要なの?」「押し付けでは?」といった声につながりがちで、温度差が生まれやすい。
実のところ、目新しさがあるうちは、「コンピュータ」や「プログラミング」というだけで子どもたちは簡単に飛びつくので導入がなくても授業ができてしまう。ところが、例えばプログラミング教育の導入やコンピュータを日常的に有効活用している小学校の場合だと、既に子どもたちにとってめずらしいしいものではないので、「プログラミングやるよー」と言うだけで子どもたちの目が輝くわけではない。実際にそんな現場を目にしてきた佐藤先生は、プログラミング学習をする場合、子どもたちのモチベーションを上げるための十分な導入の設定が必要だと考えているそうだ。
身近な仕組みや道具から導入
そこで、竹早小で佐藤先生がプログラミング授業を行うときには、必ず身近なものから導入している。とはいえ、今の子どもたちの感覚は、大人世代の感覚とは違うので注意が必要だ。
例えば佐藤先生が子どもの頃は、ゲームもコンピュータもめずらしく、プログラミングが何かすごいものを生み出せるという感覚を自然に持っていた。ところが今の子どもたちを見ていると、機器があるのは当たり前で、ブラックボックスになっている中身になんて興味はなく、壊れたら交換すればいいといった感覚が主流だと感じるという。新しくゼロから作るなんてめんどくさいことで、必要性を感じていないというわけだ。
そこで、身近なものにプログラミングが使われているという文脈で社会や理科とひもづけるようにしている。例えば、救急車や消防車が現場に行くまでの仕組みや、自動化された便利な道具などの向こう側を探ってみる。すると、たいていコンピュータやプログラミングの存在があるということに、子どもたちは自ら気づくので、その気づきを大切にしているそうだ。
仕組みが分からないブラックボックスを開けてモデル化する
次に、仕組みが分からない機械の中身に子どもたちの意識が向かうように工夫している。例えば洗濯機ならどんな機能があるのか?といったことを、どんどん分解していき「モデル化」するのだ。ひとつひとつの機能は、たいていは入力と出力に分かれ、間にプログラムが介在するモデルに当てはまる。このパターンがわかってくると、子どもたちのものの見方が変わり、他のものに関しても中身がどうなっているのだろうと興味を持つようになるそうだ。モデル化して示すことで、子どもたちの思考がパラダイムシフトしていくのを感じているという。
「子どもたちには、身の回りにこれだけたくさんコンピュータやプログラミングがあるということに気づいてほしいし、それを自分がコントロールできるという視点を持ってほしいと思っています。これは一般常識を底上げするような感覚で、プロのプログラマーを養成するのとは違います。リコーダーや調理実習をやるのが音楽家やコックを養成するためではないのと同じことです」(佐藤先生)