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好事例から解き明かす、大学経営とデジタル人材育成

【武蔵野大学】出口戦略を起点としたユニークな副専攻でデジタル教育を推進

好事例から解き明かす、大学経営とデジタル人材育成 第6回

出口戦略を起点にカリキュラムやスケジュールを設計

 以上、武蔵野大学のAI副専攻について述べてきたが、ここまで述べたことは他大学でも多く実践されていることであり、さして驚きはない。では、本専攻のユニークさはどこにあるかと言えば、それは「出口戦略」の重視である。つまり、学生の就職を強く意識したカリキュラム設計となっており、「学生が社会に出た後、実際に活躍できる人材を育成する」ことに注力している点にある。

 例えば、修了認定のスケジュール。筆者は先述のカリキュラム体系を最初に拝見したとき、「なぜ3年前期終了時という中途半端な時期に修了認定を行うのだろう?」と疑問に思ったが、それを林教授に質問したところ(いい意味で)意外な答えが返ってきた。

 「その時期に成果発表会を行うためです。本専攻では、総仕上げとして各自が考案したAI活用テーマを担当教員の下で追究し、成果物を実際に作成して、それを成果発表会で披露してもらいます。発表会はこれまで3回開催しましたが、毎年9月上旬に1日かけて実施しています。発表会には、これまで本学で就職実績のある企業の人事部へ招待状(DM)を出して、企業関係者にも多く出席してもらいます。もちろん、本専攻の修了生たちの就職活動に役立てるためです。今は3年生の夏インターンから本格的な就活を始める学生が多いので、時期的にちょうどよいと考えています」と林教授。

 なるほどと筆者は膝を打った。修了認定のスケジュールは出口戦略の一環として設定されていたのだ。

 また、本専攻では授業内容も出口戦略から逆算されているという。授業はグループ討議・発表を中心に据え、学期末の試験は廃止して成果物や発表により評価が行われる。また、企業連携の科目や実際に手を動かす授業も増やしており、社会に出てから活躍できる人材を育成することを目的に実践的な教育が行われている。その集大成が成果発表会というわけだ。

就職実績とアルムナイネットワーク(修了生の同窓会)

 2021年に開設された本専攻では、2025年春に初めて修了生(1期生)を社会へ送り出した。就職実績も順調であるという。2期生(現在の4年生)を対象とした調査では、本専攻受講者の81名のうち進学希望者等を除く65名が企業および公共機関に就職予定であり、半数以上の35名が情報系企業・業種への就職を決めているという。本専攻の受講者の多くが文系学生であることを勘案すると、AIスキルの習得がキャリア選択の幅を広げていることの証左であろう。

 林教授は修了生の就職活動の支援も行うという。「ES(エントリーシート)の指導や面接練習など、修了生に頼まれれば何でもやります。大学教員になる前は民間企業に勤めており、採用する側でしたので、そういった経験が役立っています」と林教授は笑顔で話す。そこまでいくと、副専攻というより主専攻のゼミのような学生との距離感だと筆者は感じた。

 それもそのはず、本専攻では、夏のバーベキューといったイベントを通じて、学生同士の縦・横のつながりを強化するなどして、教員との信頼関係も築いているという。また、修了生がSAやTAとして科目支援に参画することもあるという。

 そういった「つながり」の一環として、本専攻には「アルムナイネットワーク(修了生の同窓会)」が組織されている。名簿は大学の事務局が管理し、イベント開催の際には社会人になった修了生へも案内を出しており、直近の成果発表会にも駆け付けてくれたという。

 「現時点では、社会へ出た学生はまだ1学年だけですが、これから数年間であっという間に数百名になります。その若者たちでコミュニティを形成して、何かできるのではないかと思っています。それがまだ何かは分かりませんが、とてもワクワクしています」と林教授は語っていた。

 昨今、データ系の副専攻を開設してデジタル教育を推進する大学は多くあるが、ここまで出口戦略に注力した取り組みは珍しい。確かに、大学教育の成果は社会に出てからが本番であり、これまで日本の大学において手薄であった(取り組めていなかった)部分に集中的に取り組んでいることに、筆者として敬服を感じた。これらの施策の多くは林教授の熱意によるところが大きいと拝察される。頭の下がる思いである。

 以上、武蔵野大学のAI副専攻について述べた。本専攻は出口戦略を起点としたユニークな活動であり、その一貫性と熱意ある取り組みは特筆に値する。今後、陰ながら応援していきたい。

 本連載(全6回)は本稿で終了であるが、筆者は今後も大学デジタル教育の先端的な事例に常に関わっていきたいと考えている。また、何かの機会に読者の皆さまと再会できれば幸いである。

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この記事の著者

角田 仁(ツノダ ヒトシ)

 1989年に東京海上火災保険に入社。主にIT部門においてIT戦略の企画業務を担当する。2015年からは東京海上のIT企画部参与(部長)および東京海上日動システムズ執行役員。2019年、博士号取得を機に30年間務めた東京海上を退職して大学教員へ転じ、名古屋経済大学教授や千葉工業大学教授を歴任した。現...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です


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