こうした状況の中、クラウド型通信教育である「スマイルゼミ」を展開するジャストシステムは、教材を新学習指導要領に対応したものにリニューアルすると発表した。具体的には2018年3月から、全会員向けに「プログラミング」講座を追加費用なしで提供するほか、「英語」についても4月より新学習指導要領に対応した内容に改定する。
特に「プログラミング」については、今回の改訂で新たに加わる課程となる。ジャストシステムらしい、複数の部署がそれぞれの視点で議論を戦わせ、よりよい製品に仕上げていくという体制で教材開発に取り組んでいると言う。「スマイルゼミ」における「プログラミング教育」への取り組みと、それが具体的にどのような形で教材に反映されるのかについて、ジャストシステムの担当者に話を聞いた。
文教市場と深いつながりを持つジャストシステム
最初に、ジャストシステムと文教市場との関わりの歴史について、簡単にまとめておきたい。
ジャストシステムは、1979年に徳島県徳島市で創業した老舗のソフトウェアベンダーである。Windowsが登場する以前、OSが「DOS(ドス)」と呼ばれていた時代に日本語ワープロソフトの代名詞的な存在であった「一太郎」と、日本語入力システムである「ATOK(エイトック)」は、国内で絶大なシェアを獲得していた。これらは、現在もバージョンアップが続けられている同社の看板商品の一つだ。現在では、これらのパッケージソフトの開発、販売に加え、ネットショッピング、SFA(営業支援システム)やBI(ビジネスインテリジェンス)などのビジネス向けアプリケーションサービス、ネットリサーチをはじめとしたサービス事業を新たな柱とした展開を行っている。
「スマイルゼミ」は、小学校向けの学習支援ソフトとして開発していた「ジャストスマイル」のノウハウを、通信教育に適用させる形で2012年にスタート。「ジャストスマイル」は、全国の小学校の85%に導入されている同社の製品。ジャストシステムは、「ジャストスマイル」と合わせれば、すでに20年近くにわたって教育事業を展開していることになる。
ILS事業部開発部長の広庭雅一氏は「ICT教育に関心が集まり始めた初期のころから、われわれの製品を導入して下さっている教育現場の方々と頻繁に意見交換をしつつ、そのニーズを取り入れる形で文教市場向けの製品を開発してきました」と話す。
例えば、「ジャストスマイル」に搭載されている小学生向けの「ATOK」では、指導要領で指定されている学年ごとに学ぶべき「漢字」にあわせて漢字変換できる機能なども加えられていると言う。広庭氏は、このような丁寧なものづくりは、ジャストシステムのポリシーだと話す。
「学習指導要領への完全準拠は、現場で指導を行う先生にも、通信教育を受講させる保護者のみなさんにとっても、安心して教材を利用できるという点で重要な要件だと考えています」(広庭氏)
今回、「プログラミング」講座を提供するのも、学習指導要領の完全準拠へのこだわりからだと言う。
スマイルゼミでは、専用のAndroidタブレットに対して、クラウドで教材を配布する。また、学習履歴もクラウドに蓄積されるため、その状況を分析し、各児童の達成度に合わせて教材を配布できるオーダーメードの仕組みを提供している。つまり、児童の学力や進捗、苦手などを分析し、効果的な学習となるよう誘導してくれるのだ。同時に、保護者に対して学習の進捗状況をレポートとして提供する機能、家族向けSNSのような機能も内包しており、保護者が児童の勉強にずっと付きっきりにならなくても、児童の学習のようすが分かり、適切なフォローができるようサポートしている。
「スマイルゼミについては、技術的な仕組みも、教材コンテンツについても、すべて自社内で開発を行っています。常に会員の利用状況を調べて、履修率が悪い教材があればすぐに改善を行える体制をとっています」(広庭氏)
一人でも学びを深められる「プログラミング」の教材に必要な要素は?
では、スマイルゼミにおける「プログラミング」教材とは、どのようなものなのだろうか。
ILS事業部教材部の片桐牧子氏は「新しい科目向けの教材ということで、普段教材作成を行っている教材部だけではなく、システム開発を担当している開発部の担当者とも議論を重ねて、開発に取り組みました」と話す。
「プログラミング」学習の教材例として示されているのは、「水のかさ」問題だ。この教材では、画面に登場するキャラクターに指示を出し、水槽に必要な量の水を入れる手順を考える。キャラクターに命令を出すには、タブレット画面の右端に、命令の書かれた「ブロック」を順に並べていけばよい。この例では、個々の「ブロック」を組み合わせて、試行錯誤しながら、キャラクターに意図した動きをさせていく。この過程で、「プログラミング的な思考」を養いつつ、「算数」で登場する「mL」「dL」「L」といった水かさの単位を変換しながらの計算問題に対する理解を深める構成となっている。
「エンジニアが関わって開発するプログラミング教材ということで、当初は具体的な言語などを学べる『プログラマー養成講座』的なものを作ってはどうかという議論もありました。しかし、プログラミングというのは、技術の移り変わりがとても早い分野でもあります。ならば、小学生の段階から特定の言語や作法を覚えるのではなく、与えられた課題を、コンピュータが理解できる形に分解して命令を与えるという、より本質的な『プログラミング的思考』を鍛えることのほうが重要ではないかという結論に至りました」(広庭氏)
アプリケーションとしてのユーザー体験にも、初めてプログラミングをする児童に対する配慮を取り入れていると言う。開発に携わった、ILS事業部開発部の山崎広毅氏は、ボランティアで子どもにプログラミングを教える活動も行っており、その経験から「初めてプログラミングに触れる児童の手が止まらないよう、ビジュアルやチュートリアルには特に力を入れた」と話す。
「デジタルなものに興味があったり、これまでにプログラミングの体験があったりする児童は、教材を与えればどんどん自分がやりたいことをやっていきます。しかし、そうでない児童は、教材を渡されても、どうしていいか分からず、そこで手が止まってしまうんです。今回の教材では、一人で課題に取り組めることが大事だと考え、他の教材にはない、分かりやすいビジュアルを取り入れたり、課題開始前のチュートリアルを細かく作り込んだりといったことを行っています」(山崎氏)
また、プログラミング教材は、他の教科の課題と異なり「正解が一つではない」ことを前提としたヒントやサポートを児童に対して提示できるように作られていると言う。例えば、先ほどの「水くみ問題」の例で言えば、1Lの容器をいっぱいにするのに「500mLのマスを2回」使う指示を出しても「1dLのマスを10回」使う指示を出しても「正解」になるという具合だ。
「プログラミングによる課題解決にはさまざまな方法があります。試行錯誤をしながら、そこへ到達することが学べるような構成を意識しています」(山崎氏)
プログラミング的思考で「教科の学び」が深まる
新学習指導要領では「プログラミング教育」について、現場でどのような指導を行うべきかについての具体的な方法が指示されているわけではない。過去の実証事例や、これからスタートする先行導入を通じて、さまざまな試みが続けられることになる。
「新しいことを学ぶためには、まずやってみることが何よりも重要ではないでしょうか。水かさの単位の計算も、こうかな?と試して答え合わせを繰り返すことで、理解が確かなものになっていく。新しく学んだ知識を活用して論理的に考えたことを、プログラミングでシミュレーションしてみることで、とても理解が深まるのです。教科の学びも深まるプログラミング。これが弊社が考えるプログラミング教育です」(広庭氏)
「水のかさ」以外にも、キャラクターに「ゴミの仕分け」をさせるプログラミング教材では、材質に応じたゴミの分別という「社会科」で学ぶテーマや、「磁石」や「電気」といった理科で扱うテーマへの理解を深めながら、プログラミングの考え方を体験させるというスタイルをとっている。
ジャストシステムは、スマイルゼミを通じて「課題解決のための手順を論理的に考える力を身につけさせる」というアプローチで、この領域に取り組んでいこうとしている。
プログラミング教材自体も試行錯誤して作りこまれた
児童が取り組む「はじめてのプログラミング教材」としても徹底的にこだわった。
上の画面が、検討段階の教材だ。当初は、エンジニアが考える教材らしく、複数人が役割分担して、スムーズな連係プレーとなるように必要な手順を考える内容にしていた。そこを開発部や教材部のメンバーで何度も議論した結果、最終的に「一人のキャラクターがすべての工程を行う」という、よりシンプルな仕様に変更した。たいした違いがあるようには見えないかもしれないが、児童が算数の知識を使いながら、プログラミング的思考を鍛える教材という観点から見ると、まったく得られる効果が違うという。