子どものパソコン所有率・利用率が低い日本
最初に、WDLCの会長である高橋美波氏が登壇した。
発足から今年で10年目を迎えるWDLCは、100社以上の企業が参加する業界団体である。技術の標準化などにより市場の活性化を図る活動と並行して、2016年から社会貢献のために「My First PC ~はじめてのマイパソコン」を開始。デジタル教育について保護者と一緒に考え、多くの子どもたちにパソコンに触れてもらい、デジタル・ITの知識を習得して将来国際的に活躍できる人材を輩出することを目指している。
日本では、子どものパソコンの所有率・使用率が他の先進諸国と比べると非常に低い。スマートフォンで十分と考える保護者も多いが、パソコンを利用すると情報を得るだけでなく、さまざまなソフトウェアを利用してクリエイティブな活動を行うことができる。その体験からさらに知識を習得し、創造性や発信力、コミュニケーション力の向上も期待できる。
日本でのパソコンの所有率・使用率が低いのは、パソコンが学校であまり活用されていないからだ。米国では1人1台、パソコンやタブレットを利用する環境が整っており、教師と生徒が情報を共有して知識を得ていく革新的なスタイルで授業を行っている。生徒に割り振られたIDを使い、保護者が子どもが受けている授業の内容や学習状況を知ることも可能だ。日本との差は非常に大きい。
日本ではこのような状況を改善するべく、さまざまな政策が実施されている。2020年に小学校でプログラミング教育が必修化され、2024年にはCBT(Computer-Based Testing)方式の大学入試試験が導入される予定だ。また、2025年までにIT人材を100万人規模で育成する方針が示されている。
WDLCが2016年に行った調査では、パソコンを利用することで子どもの学習意欲が高まり、結果として学力の向上につながるというデータが得られた。WDLCは、デジタル・IT知識習得の重要性を啓蒙するほか、子どもがプログラミングやパソコンに触れるイベントの開催、子ども向けのプログラミングワークショップへのデバイス提供や講師の派遣など、パソコン利用の推進活動に積極的に取り組んでいる。
パソコン利用が進んで教育の場が変われば、情報を共有して一緒に学ぶだけでなく、紙と鉛筆の代わりにパソコンで絵を描くことや、3Dプリンタを活用していろいろなものを作るといったことができるようになる。「実現すれば、子どもたちの前にはこれまでとは違う世界が広がっていくだろう」と、高橋氏は解説した。
新しい価値を作り出すコミュニケーション力と創造力を育成するために
次に登壇したのはNPO法人 CANVAS理事長の石戸奈々子氏。
CANVASは、デジタル時代の創造的な学び方を推進するNPO法人として2002年に設立された。社会が大きく変わろうとする中で子どもたちに求められるのは、世界中の多様な価値観の人たちと連携しながら新しい価値を作り出すためのコミュニケーション力と創造力である。そのために、知識の記憶・暗記に評価のポイントが置かれた教育から脱却し、主体的・協調的・創造的な学びの場を提供する活動に取り組んでいる。
石戸氏がかつて所属していたMITメディアラボでは、世界中、特に発展途上国の子どもたちに1人1台パソコンを配るため「100ドルPC」プロジェクトが進められていた。学校を建てられない、教科書が買えない、教師を雇えない地域においてこそ、ネットワーク経由で情報を検索できるパソコンを提供することが学習への近道になる。日本でも2020年までに1人に1台情報端末を提供し、学習環境を整えようという動きが活発になってきた。しかし、本来の目的はデバイスを持たせることではない。「デバイスを持つことで学び方がどのように変わっていくか」ということが重要だ。
石戸氏はパソコンを利用して学ぶことのメリットに「創造、共有、効率」を挙げた。言い換えると「楽しく、つながって、便利」ということである。文字だけの表現ではわかりにくい問題を映像でわかりやすく伝えたり、学んだことをプレゼンテーションしたり、教師と生徒がつながって教え合ったりといったことができるようになり、ひいては学校、家庭、地域がつながり、開かれた学校作りへ向かっていく。
近年、子どもへのプログラミング教育が注目を集めている。スマートフォンやタブレットが普及し、日常生活でもコンピューターが当たり前の存在になってきた。今の子どもたちは、コンピューターが制御するものに囲まれて生活している。このような時代だからこそ、コンピューターとは何か、それを制御するプログラミングとは何かを基礎教養として学ぶ必要性が高まっている。
CANVASは、全国の子どもたちにプログラミング教育を届ける活動として、2013年に「PEG(Programming Education Gathering)」をスタート。プログラミングを通じて、論理的に考えて問題を解決する力や、他者と協働して新しい価値を生み出す力を育むために、教育関係者や企業・団体をパートナーとしてさまざまな授業やワークショップを提供している。PEGで特に重要なのは「Gathering」の部分だ。学校のみならず、家庭、地域、企業・団体などを含め、周囲の大人が手を取り合い、力を合わせてプログラミング教育を推進していこうという思いが込められている。
「囲碁や将棋でAIに負けた、近い将来AIによって仕事が奪われるといったニュースを見て、不安に思う人がいるかもしれない。ただ、これまでもいろいろな仕事が消えていったが、そのたびに私たちの生活はより効率的に豊かになっている。テクノロジーは『遠くのものを見たい』『離れた人と話したい』といった人間の欲望を実現するものだ。子どもたちがコンピューターというテクノロジーを使って未来を切り開き、活躍していけるように、より一層尽力していきたい」
石戸氏はこのように語り、話を終えた。