100人100通りの働き方ができる組織づくりを目指して
「働き方を考える上で重要なキーワードは『幸福』であるはず。これまで日本人はここに重きを置かず働いてきたのではないでしょうか」
冒頭で、青野氏はそのように問いかけた。
青野氏が社長を務めるサイボウズは、グループウェア「サイボウズ」や業務アプリ構築クラウド「kintone」などを提供し、オープンな情報共有のもと、チームワークを高め、組織全体の生産性向上を支援することを企業目標としてきた。企業はもとより、自治体やNPO、各種任意団体においても災害復興や虐待防止プロジェクトなど、社会活動のチームワーク基盤として広く活用されている。
近年では「ツールをうまく活用するには制度や風土改革が必要」という発想のもと、働き方改革やコミュニケーション改善などの支援を目的とする「チームワーク総研」や、地域活性化を支援する「地域クラウド交流会」などを立ち上げ、活発な活動を行っている。
そんなサイボウズ自身も自社のツールを活用し、さまざまな制度改革や風土改革を行い、「誰もが幸せになれる働き方」を追求してきた。その活動はメディアなどで「働き方改革の先駆者」として紹介されることが多いが、青野氏は「改革というより、多様化を進めてきた」と語る。「ブラックな働き方を選ぶ人もいれば、ほかの働き方を選ぶ人もいる。100人100通りの働き方があると考え、その幅を広げてきた」というわけだ。
もともとITベンチャーであるサイボウズは「超ブラック」な会社だったという。毎週徹夜は当たり前、寝袋を持ち込んで会社で寝泊まりする社員もおり、「それでも仕事が楽しかったし、ITベンチャーなのだから当然だと思っていた」と青野氏は当時を振り返る。
しかし、離職率は15~20%と高く、青野氏の社長就任直後である2005年には28%にも上昇した。採用活動にコストが増大し、教育や引き継ぎも負担が増して「経営効率が悪い」という理由から、職場環境改善の必要性を感じるようになっていった。辞める社員に理由を聞き、給与の引き上げや業務の転換などさまざまな引き止め工作を行ったという。
「退職の理由はさまざまで、勤務時間や給与などに対する不満のほか、友人のベンチャー企業を手伝う、親の介護で地元に戻るなど、これはもう人事制度を変えたところで解決できる問題ではないと感じました。『100人100通りの人事制度がなくては』と思ったのです。ある意味、それは公平性を捨てて個性を重んじることでした」
そして、社員全員に希望を聞いていったところ、「残業しない」「短時間勤務」「週数日のみ勤務」「完全在宅勤務」など、出るわ出るわの「わがままのオンパレード」(青野氏)だったという。そうした一人ひとりの時間と場所の要望に対応するだけでもかなり多様化が進み、ほかにも要望に合わせ「長期育児休暇」「子連れ出勤」「複業可」などさまざまな制度を増やして「多様化」を進めてきた。そして10年後、離職率は5%以下にまで激減し、今ではむしろ辞めやすいように「退社しても再入社できる制度」まで設けられている。
「誰もが気持ちよく働ける会社」がピンチに強い理由とは?
離職率28%が5%へ急に下がってくると、青野氏は「生ぬるい会社にしているんじゃないか」と不安を感じ始めた。「経営は利益を上げてなんぼ」ではないか。結局それで倒産しては意味がなくなってしまう。特に制度が増えていった2008年はリーマンショック、さらに競合となる「Google Apps」(現在の名称は「G Suite」)が参入することになり、サイボウズ設立以来の大ピンチを迎える。
しかし、売り上げは上がらずとも下がらず。むしろ会社の雰囲気はどんどん良くなっていき、2010年にはGoogleに対抗して「自分たちもクラウドを作れます!」と社内の士気は高まっていったという。その後、業績は安定的に伸び続け、2018年には創業以来最高の売り上げに到達することとなった。
青野氏は当時について、「働き方に多様性を持たせれば業績が上がるなんて、安っぽいことは言いません。でも、気持ちよく働くメンバーが多い会社は、楽しい職場を失わないために、いざピンチになればアイディアを出し、チャレンジを恐れません。その中から、次のビジネスチャンスが生まれてくるのではないでしょうか」と分析する。
その後も働き方の多様化は進み、社員全員が「自分の働き方宣言」を行うようになった。そして、台風の際に出社したのは社長だけという状況でも、どこで誰が何をしているかがわかり、情報が共有できれば業務は滞ることなく進行できるようになった。
そして「複業の自由」を入れていることも、多様な働き方制度のひとつと言えるだろう。サイボウズには現在、TVレポーターやカメラマン、YouTuberなどさまざまな複業を持つ人が多く在籍している。中でも有名なのがIoT農業に取り組んでいる中村龍太氏だろう。NECやマイクロソフトを経て2013年に入社した中村氏は、サイボウズに所属しつつ、IoTでリコピンニンジンを栽培している。そのノウハウを全国の農家に共有することで、結果としてkintoneが売れていくことになった。
「まさに『複業を認めたら先進事例ができてお客さまを作ってきた』というわけですね。複業はオープンにして『伏業』にしては大変もったいない。人を囲い込むことなく外とのつながりを大切にすることで自然とオープンイノベーションが生まれ、ビジネスが広がっていくことになりました」