小学校におけるプログラミング教育の必須化に向けての取り組みでは、総合的な学習の時間内に行われるビジュアルプログラミングやツールを使った授業が注目されがちだ。しかし、プログラミング教育における本来の目的は、子どもたちにコーディングやアプリの操作を教えることではない。通常の教科学習において、「コンピュテーショナル・シンキング(CT)やプログラミング的思考をいかにして身につけさせるか」ということが本質であるはずだ。
タブレットを使った授業も重要だが、コンピュータを使わないアンプラグドなプログラミング教育こそ、全ての小学校が取り組むべき課題との声もある。その教材として、世界中から注目されている知育絵本が『ルビィのぼうけん』だ。
6月11日、この本の著者でありプログラマーでもあるリンダ・リウカス氏を招いたイベント「『ルビィのぼうけん』で体験する小学校プログラミング教育」が開催された。
イベントは2部構成になっており、午前中は『ルビィのぼうけん』を使った親子ワークショップ、午後は教育関係者およびリンダ・リウカス氏によるセミナーが行われた。本記事では午後の部について内容をお伝えする。
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アンプラグドなプログラミング教育の実践――小学校での事例紹介
セミナーの前半では茨城大学教育学部 准教授の小林祐紀氏がコーディネーターを務め、共にプログラミング教育の実践に取り組む、茨城県内の小学校の先生3名による事例発表が行われた。
小林氏らは、政府および文部科学省の議論の中で語られる「プログラミング的思考」をプログラミングの考え方に基づいた論理的思考ととらえ、主に教科学習の中でプログラミング教育の実践方法を研究している。小林氏は「発表する先生方の取り組みから、授業のイメージや子どもたちの様子、配慮点や教師のふるまい方など、事例を通じて学んでほしい」と語った。
二等辺三角形の書き方からシーケンスを学ぶ
古河市立大和田小学校の藤原晴佳氏は、3年生の算数の授業で実践した事例を紹介した。「いろいろな三角形」の単元内で「シーケンス」(順序立てた命令)の考え方を身につけてもらい、最終的にはシーケンスが生活と結びついていることを理解させる取り組みだ。
通常の学級活動の中で、児童に「お風呂に入る」作業を順序立てた手順として言語化してもらう。その作業を実際にトレースし、必要な手順と組み合わせを体験させた上で、算数の授業で「二等辺三角形の描き方を説明しよう」といった課題を与える。例題としては「歯みがき」の手順を流れ図風に示すことで子どもたちに作図作業の手順を考えさせ、でき上がった作業手順を別の児童に指示し、手順に沿って作図してもらう。
評価は「正しく作図できる指示になっていたか」「その手順を正しく説明することができたか」といったポイントで行う。
最後に、シーケンスは日々の生活や家電製品などにも適用できる身近な概念であることを教え、コンピュータを自分の生活に生かす態度を身につけさせるという授業を展開した。
子どもたちからは「手順をしっかり書くことのメリット」「指示の正しい(効率のよい)伝え方」などの気づきがあったという。さらに、「話し合いや議論と、試行錯誤によって問題を解決する取り組みが行われていたことも成果ではないか」と振り返った。
3桁の掛け算の筆算手順でデバッグを行う
古河市立駒込小学校の坂入優花氏も算数の授業でシーケンスを教えた事例を発表。こちらは2桁および3桁の掛け算・割り算での事例だ。
まずは筆算の手順を色付きの付箋(カード)に書いてボードに並べ、2桁の掛け算の手順を考えさせる。次に3桁の掛け算を考えさせた上で、色違いの付箋を使って2桁の手順に必要な作業を追加し、3桁の掛け算の手順を完成させる。これを個人・ペアで作業させるが、ペアのときは自分の指示でうまく計算できるかを相手に試してもらうことで、的確な指示や手順の要点を考えさせることができる。
最終的にまとまった手順を発表させたあとは、手順の間違いを見つけて正す授業を実施。ここでは『ルビィのぼうけん』の例を応用し、お誕生日会の準備をする作業を実際に行った。ケーキやお皿などは紙で工作したものを使い、間違った手順ではケーキの上からテーブルクロスをかけてしまうことを体験させる。
次に、前回の授業で完成させた筆算手順にわざと間違い(繰り上がり処理を抜くなど)を加えたものを子どもたちに試させ、どこがおかしいかを見つけさせる。これにより、間違いやミスを発見するといった「デバッグ」の概念を教えることができたという。
子どもたちは、手順を伝える際に指示だけ先行しても相手は作業がわからなくなるので、処理が終わってから次の指示やシーケンスに移ったほうがいいことを体験的に学ぶことができた。また、デバッグ作業ではテストなどでの見直しが重要であることへの気づきが見られた。このようなアンプラグドの授業とセットにすると、コンピュータを使った授業の理解も早く、効果が現れやすいとした。
英語表現とアルゴリズムを学ぶ授業
茨城大学教育学部付属小学校 清水匠氏は、6年生の外国語活動におけるアンプラグド教育の展開事例を紹介。道案内の中で「Turn right」「Turn left」「Go straight」の表現に慣れ親しむという単元で、アルゴリズムの考え方を導入した。
ペアを組み、「右」「左」「まっすぐ」の英語指示で校舎内の道案内をさせる授業を実施し、アルゴリズムとの関連づけには『ルビィのぼうけん』の内容が活用された。同書には、マス目を最短距離で移動してペンギンや雪ひょうに会いに行くという例題があり、これを参考に「Turn right」などの指示を1動作と考え、アルゴリズムとして道順を考えさせる。
子どもたちは「『Go straight』といってもどこまで進めばいいのか」といった試行錯誤をして、繰り返しやループなどのアルゴリズムの概念を理解していった。
アンプラグド教育を展開する中で得られた知見として、子どもたちの気づきが「コンピュータってすごい」から「人間ってすごい」に変わっていくことが挙げられた。アルゴリズムやプログラミングの考え方に触れることで、それを実行するコンピュータよりも動作を考える人間のほうが大変であることが実感できたようだ。加えて、教科学習でアンプラグド教育を行っておくと、コンピュータを使った授業に移った際にループや繰り返しなどをすぐに理解できる傾向が確認された。