プロジェクトにある大小さまざまなライフサイクルやフェーズ
前回の記事では、PBL(Project-Based Learning)の概要やPBLが求められる背景、プロジェクトを進める難しさについて説明し、学びの道で行っている子どもプロジェクトの様子をレポートしました。
学びの道で行なっているPBLは、民間の教育現場であって、学校教育現場とは違うという考えもあると思いますが、学校の中にせよ外にせよ、PBLに一歩踏み出すことを躊躇させる要因の一つに、「プロジェクトの全容を見通しにくい」ことがあります。プロジェクトは子どもにとっても教師にとっても未知の要素を孕み、また子どもたちの主体性に委ねるが故に、あらかじめ教科書やマニュアルがあって進めるものではなく、そのプロセスを予見したり管理・コントロールしたりすることが難しいという性質があります。
ただ、扱うテーマや内容によって差異はあるものの、プロジェクトには普遍的なライフサイクルやさまざまな種類のフェーズがあります。まずは下図をご覧ください。
左から右にプロジェクトが時間とともに進んでいきます。それにつれて、プロジェクトに残された時間は少なくなり、未知は徐々に既知となり、不確実性は縮減していきます。また、「こんなことをやってやるぞ!」とプロジェクト開始当初に抱いた野心のサイズも小さくなっていきます。これらは明確にフェーズを区切るのが難しいものですが、確実にプロジェクトと時間の進行とともに変化していきます。
プロジェクトのライフサイクル
次に、フェーズを切ることができるものを見ていきましょう。
最も大きなサイズがプロジェクトのライフサイクルで、それぞれ下記のような特徴を持ちます。
1. 誕生期
プロジェクトの目標設定、自分たちがどんな知識やリソースを有し、何を持たないかを把握して、現状と未来の目標の間をつなぐ仮説・推論を行う。チームでプロジェクトを進める場合、ここで合意形成を行う。
2. 成長期
仮説に基づいて探索・実行する。必要な知識やスキルの習得もここで行う。実行すると、仮説とは異なる事象や想定外の事象・問題に遭遇したり、有益な情報を獲得したりして、世界からのフィードバックを得る。実行した結果を観察・記録し、仮説を更新し、また実行するサイクルを繰り返す。多くの試行錯誤がここで行われる。
3. 円熟期
プロジェクトの成果物の姿が具体的に見えてくる。残された時間が減るとともに、何かを諦めたり捨てたりといった意思決定が増え、さまざまな可能性や試行錯誤が収束し、終結に向かう。
誕生期(仮説立案期)
この大きなライフサイクルの中にもそれぞれフェーズがあります。プロジェクトをどのように進めれば良いかという見通しを立てる「仮説立案期」には下記のようなフェーズがあります。
1. 所与の条件、環境の把握
自分たちが何を有し、何を持たないか。何を知り、知らないかを理解し、習得・調達すべきことを明らかにする。
2. 目標と目標達成の評価指標、判断基準の設定
目標は自ら決めたり与えられたりするが、その目標を達成したとき、自分たちの到達度やプロジェクトの対象となるものごとの状態が、どうなっていたら成功と言えるかという定性・定量的な指標や基準を設定する。指標や基準は教師が決めて与えるのではなく、子どもたちが考える。そのため、1つの目標に対して多様な指標や基準が存在する。
3. あるべき状態の設定
設定した指標や基準を達成するため、関わる要素の“あるべき状態”を考える。「こうなるためには、○○がこうなっているべきだ」という風に、心に浮かんだ仮説を思いつくままに列挙する思考が求められる。
4. あるべき状態を実現するための作業の抽出
あるべき状態を実現するために、具体的な手段・行動・作業・タスクを考え出す。状態を実現するための手段は1つとは限らない。できるだけ多くの手段を出し、所与の条件や環境を鑑みながら、何から実行できるか、何を実行するかを決める。所与の条件の影響を受けるため、同じ状態を目指していても子どもによって取り得る手段が異なってくる。
探索・実行期
また、立てた仮説に基づいてプロジェクトを動かす「探索・実行期」には下記のようなフェーズがあります。
1. 実行
立てた仮説、決めた順番で手段を実行する。
2. 観察・記録
実行した結果から得た情報や遭遇した事象、実行のプロセスから発見したことなどを記録する。
3. 評価・仮説更新
自分の仮説が目標実現に対して適切・有効かを評価する。このときの評価軸は仮説立案期に設定した「あるべき状態」になる。実行した手段があるべき状態を実現しそうか? 実現しなそうであれば手段を変えたり、手段のやり方を変えたりする。あるべき状態が実現しても、設定した目標達成の基準や指標が実現しなそうであれば、仮説で立てたあるべき状態は目標達成に適していなかったと評価し、他のあるべき状態の実現を優先したり、新しいあるべき状態を考え出したりする。そうして立てた仮説を更新し、また実行する。
子どもの状態もプロジェクトの進行に伴い変化する
また、こうしたさまざまなフェーズに呼応するようにして、子ども自身の心理状態やプロジェクトに向かう意識なども変化していきます。仮説立案期であれば、子どもの「I like、I can、Why?」とプロジェクトの間に橋を架ける期間があり(第1回の記事参照)、プロジェクトのゴールまでの見通し・仮説を立て、それを可視化することができれば俯瞰的にものを見る、メタ認知を養っていく期間になります。立てた仮説の手段を実行し、実行した手応えを得れば、自己効力感の獲得につながります。時間がなくなっていくと、何かを諦めたり目標修正したりするといったギリギリの意思決定を迫られることもありますが、そこは判断能力が鍛えられる機会でもあります。
このように、プロジェクトにはさまざまなフェーズがありますが、プロジェクトの性質である未知で、他者と協働し、全容を見通すのが難しいものであるが故に、それぞれのフェーズで起こりやすい問題があります。仮説立案期では、目標に対して仮説を形成する思考ができず、手段の数を増やせないという問題や、チームメンバー同士で成功の基準や指標が合意できないという問題があります。また、探索・実行期では、立てた仮説とはぜんぜん違うことが分かったり、想定外の出来事に遭遇したりするといった問題が起きます。子どもたちの状態に目を向ければ、仮説とはまったく異なる反応が返ってくると、自己効力感は揺さぶられることになり、何かを調べ始めるといつまで調べ続ければいいのか分からなくなって、一向に動き出すことができなくなるといった問題も出てきます。
プロジェクトは事前にマニュアルをつくって管理しきることはできません。かといって、行き当たりばったりでいいということもありません。問題が起こって慌て、対応に右往左往したり、局所にばかり目を向けていると、いつの間にか目標から大きくズレたり、時間を浪費したりしてしまいます。しかし、上図のようにプロジェクトのライフサイクルやフェーズ、それに影響を受ける子どもの状態の大まかな変化を頭に入れておくと、「このフェーズではこういう問題が起こりがち」と、大きく構えておくことができます。そして、ここが大事なポイントですが、ライフサイクルとフェーズ、起こりやすい問題が分かっているということは、そこに教師がどう介入し、支援すれば良いかという打ち手もまた分かっているということです。
それではここからは、学びの道の子どもプロジェクトの実践に移り、そこで起きた出来事や問題を上記のフェーズに当てはめてレポートします。