8回目となった「Adobe Education Forum」。今年は、いまだ収束が見えない新型コロナウイルスの影響を考慮し、すべてのプログラムがオンラインで実施された。事前登録者数は1200人を超えたといい、「新しい日常」(ニューノーマル)における教育、人材育成のあり方に対する、教育関係者の関心の高さが伺われた。
現在のグローバルトレンドにおける日本の位置付け
開催初日の8月4日に「New Normal時代を生きる~Globalから見た日本の人的資源」と題した基調講演を行ったのは、OECD(経済協力開発機構)の東京センター所長を務める村上由美子氏だ。OECDは、地球規模での経済問題、社会問題について協議する国際的シンクタンクである。村上氏は、そこでの調査結果をもとに、これからグローバルで求められる人材像や高等教育のあり方を示唆した。
村上氏は冒頭、現在、グローバルで起こっている大きな潮流、すなわち「メガトレンド」として、「テクノロジーによる職場の変化」「市場の世界的な統合」「人口の高齢化」の3つを挙げた。
ICTの普及と発展、AIのような新たなテクノロジーの急速な進化は、社会経済の構造を旧来のものから大きく変えた。新たな構造の中で、世界経済の強力なエンジンとなっているのは、経済的価値を生みだす「知識」だ。同時に、世界各国の市場的な結びつきは急速に強さを増し、一つの国の中だけで完結する経済圏は事実上存在しなくなっている。
「人口の高齢化」は、すでに日本だけでなく、国際的なトレンドでもあるという。現時点で、日本は生産年齢人口(15~64歳)に対する65歳以上の人口比率が40%を超え、世界で最も高齢化が進んでいる。しかし、2050年には、スペイン、韓国、ギリシャ、ポルトガル、イタリアなどをはじめとする多くの国々で、軒並み同比率が50~70%に達することが見込まれているという。
この世界的な高齢化のトレンドは、日本にとっての「チャンス」だと村上氏は言う。
「日本は、他国よりもたまたま少し早いタイミングで高齢化が進んでいるだけと捉えることもできる。いち早く高齢化社会の課題に取り組みはじめていることで、今後、日本は世界中に生まれてくる大きな市場にアプローチし、課題解決に貢献できる見込みがある」(村上氏)
テクノロジーの活用は日本の「生産性」を上げる唯一の手段
その一方で懸念されるのは、日本の「労働生産性」の低さだ。OECD加盟国のうち、上位半数の平均と比較した場合、日本の生産性は一貫して平均を下回っており、人口1人当たりのGDP(国内総生産)も2000年代以降、OECD上位平均の8割程度にまで低下している。
労働生産性の低さと合わせ、日本では「労働投入量」も減少の傾向にあるという。その原因の一つとして、村上氏は、正社員よりも労働時間が少なくなる傾向がある「非正規労働者」の割合が増加していることを挙げた。
「このトレンドは、恐らく今後も進んでいくと思われる。投入労働時間の減少傾向が強まる中で、GDPを上向かせるためには、労働生産性を上げるしかない。そのカギとなるのは、グローバルトレンドの一つであるテクノロジーの活用だ」(村上氏)
近年、AIやロボットのようなテクノロジーの発展によって「人間の仕事が奪われるのではないか」といった議論もある。これについて村上氏は、「テクノロジーの活用によってなくなる仕事もある一方、新たな仕事も生まれる。人間はむしろ、新たなテクノロジーとどう協働作業をしていくかを考えるべきだ」と指摘する。
次の図は、世界各国における「製造業の雇用喪失とその要因」の割合について比較したものだ。
この図から分かるのは「技術および消費者の趣向」が、製造業における雇用減少の最大の原因となっていることだ。この図において、雇用を失ったのは大半が「ミドルレベルのスキルを持った労働者」だと村上氏は指摘する。ここで言う「ミドルレベルのスキルを持った労働者」とは、「機械によって自動化されても、結果が変わらないような仕事」をしている人だという。
「ローレベルのスキルとは、人間が実際に体を動かしてやる必要があり、機械による自動化が難しいもの。こうした仕事は、すぐにはなくならない。問題は、仕事のやり方がマニュアル化でき、そのとおりにやれば、他の人でも、機械でも同じ結果が得られるような仕事をしているミドルレベルのスキルを持った労働者。教育の観点で言えば、人材がミドルレベルにとどまらないスキルを身につけるためにはどうすればよいかを考えることが重要になる」(村上氏)