現役データサイエンティストがボランティアで親子の協働作業を支援
夏休みの子どもたちで賑わう六本木ヒルズ。森タワー内にあるSASジャパンの本社イベントルームで小学生向け統計教育ワークショップ「なつやすみ親子でデータサイエンス」が開催された。7月上旬から小学2年~6年の児童とその両親を対象に各日30組(全60組)の募集を行なったところ、5倍以上の応募があったという。
当選した参加者たちは、あらかじめSASが用意したビデオやワークブックに則って、テーマや仮説の設定、データ収集などの事前準備を行い、当日に臨んだ。保護者に様子を聞くと、「普段は言わないと宿題をやらないのに、『やらないと六本木に行けないから!』と自分から率先して作業していました」とのこと。事前準備をしてきたという自信もあってか、子どもたちはやや緊張しながらも期待感いっぱいの面持ちだ。
イベントの開始にあたり、SASジャパン代表取締役社長兼SAS Institute Inc.副社長日本韓国地域統括の堀田徹哉氏が挨拶に立ち、「今日の体験をきっかけに、将来、データサイエンティストを目指す人が出てきてくれたらうれしいです。まずは1つの作業を通じて、お父さん・お母さんと仲良くなること、そして自由研究として宿題を仕上げることを目的にしています。ぜひ楽しんで有意義な時間を過ごしてください」と子どもたちに語りかけた。
続いてSASジャパンのスタッフから、まとめ方のポイントとして「グラフの上手な使い方」や「色使いやイラストの工夫」などのアドバイスがなされ、タイムスケジュールの説明が終わると、いよいよ2時間半にわたる作業が開始された。
当日のタイムスケジュール
- 13:00~13:10 挨拶
- 13:10~13:20 イベントの説明
- 13:20~15:55 ポスター制作
- 15:55~16:35 アピールタイム
- 16:35~17:05 結果発表~表彰
- 17:05~17:15 終わりの挨拶
1組の親子が1つのテーブルにつき、そこにボランティアのSAS社員が1人ずつスタッフとして参加するというスタイル。そのほとんどが現役のデータサイエンティストだという。二度目の参加というA氏は「子どもたちの新鮮な好奇心と熱意に触れて、データサイエンスの面白さを再確認したことで仕事への意欲にもつながりました。今回も皆さんに楽しんでもらうだけでなく、自分も楽しみたいと思います」と語る。
参加者のプロフィールは、家族4人での参加や中学生と小学生の兄弟チーム、関西圏からの参加などさまざま。テーマも多岐にわたり、自宅にある太陽光装置の発電・電力使用状況について兄弟で分担したり、ニュースを見て高齢者の自動車事故に関心を持ったり、身近な経験を起点に興味や疑問を感じていることが伺える。
今回は事前にデータを集め、調べた結果をグラフなどで視覚的にまとめ、全員の前でプレゼンテーションを行うのが目標だ。大きな模造紙を前にいきなり直書きする子もいれば、持ってきた資料をスタッフに解説して表現のアドバイスをもらおうとする子、グラフ表現で意見が割れて話し合いをする親子もいた。それぞれが思い思いのアプローチでポスターに取り組み、約2時間半という長時間でほとんどが休憩も取らずに作業に熱中していた。
SASが掲げる「Data for Good」の活動の一環として開催
「すごいでしょう、子どもたちの集中ぶりに驚きますよね」と堀田氏。「実は自身も親である社員が、自分の子どもも含めて『自由研究を兼ねてデータサイエンスに触れられる機会を提供できないか』といい出したことが発端なんです」
当初は予算化もせず、「とりあえず」やってみたところ反響が大きく、少しずつ試行錯誤しながらイベントのフォーマットを変えていったという。
「最初はテーマとローデータ(加工前の生データ)を持ってきて分析することからはじめていたのですが、丸一日かかって子どもたちもクタクタに疲れてしまう。そこで“データプレパレーション”として、データの収集から整理までをご家庭でやっていただくことにしたんです。こちらから用意したパッケージに基づき、事前準備を1か月弱かけて行なっていただきました。ご準備いただくことで、イベントではすぐにポスターに取りかかれ、プレゼンテーションという『みんなでやること』に集中できると考えたんです」
データプレパレーション
ビジネス目的などで簡単に分析できる形式に、生データを前処理する行為のこと。データ元が複数になる場合を含む。
今回のイベントでは、2日間でのべ60名ものSASジャパンの社員がボランティアスタッフとなり、各テーブルで参加者にアドバイスを行なったり、作業を手伝ったりしている。質問されてはじめて答えるスタンスで、参加者の自由な発想や表現をできるだけ妨げないことを重視した。
「社員はあくまでサポートであり、コーチングに徹しましょうと。最終的に表彰はするものの、やり遂げたという達成感や、親子で取り組んだという楽しい記憶をつくることを優先し、競争にならないように意識してほしいと指示しました。スタッフのカラフルなTシャツもバルーンで飾られた会場も、データサイエンスの体験を楽しい思い出にしてほしくて取り入れました」
確かに親子で自由研究に取り組むとなるとテーマがデータサイエンスに限らず、ケンカになるという家庭も少なくないはず。しかし、第三者のエキスパートを介することで協力する楽しさや、目標に向けて一歩先に進んだコミュニケーションが実現するというわけだ。
「例えば、子どもの突拍子もないアイディアをどう表現するか。親なら『止めておきなさい』という場面でも、プロならどうアドバイスするか。スタッフは普段使わない脳を使って楽しかったと言っていましたね(笑)」
そして、印象的だったのが、シールやマスキングテープ、マジックなどアナログな道具を使った作業に特化していたことだ。近年、子ども向けのイベントではICTツールを用いたプログラミングや作画が増えた印象があるが、今回のプレゼンテーション用ポスターはあくまで手作り。いつもはハイエンドな分析ツールを使っているSASの社員も嬉々としてハサミやテープと格闘していた。
「今のテクノロジーはデータを入れるとそのデータにふさわしいグラフまで考えて描いてくれます。SASもそうしたツールを使って、どんな人でもアナリティクスを実現できる社会することを目標に掲げています。しかし、それができるのはアナリティクスの基本が分かっていてこそ。知りたいことを解き明かすにはどんなデータを集めればいいのか、座標で時系列に点をおくとどんな意味が見えてくるのか、分かりやすくするためにはどんな工夫が必要なのか――そうしたアナリティクスの本来の楽しみに触れてほしいのです」
もともとSASは『Data for Good』を理念に掲げ、データを社会貢献のために役立てることを強く意識して事業を展開してきた会社である。創業者がノースキャロライナ州立大学の大学院生だった頃、研究データの分析のために同僚とともにプラットフォームを開発したことが設立の起点で、教育への貢献も事業の柱の一つとして掲げている。
「SASは、大学や企業、行政機関との連携で人材育成を展開し、中高生などに対しても機会を提供してきました。今回はその取組枠内ではなく、いわば番外編に当たりますが、目的や思いはまったく同じものです。今後はさらに連続性を意識して、中高生へのキャリア教育など職業を選ぶエントリーポイントにも関わることができないかと思っています。また先生や教育者を目指す学生など、データサイエンス体験を提供する人の育成にも取り組んでいきたいと考えています」
学校以外における探求学習やキャリア教育の可能性に期待
こうしたSASの活動の背景には、世界全体でデータサイエンスを取り扱える人材に対する社会的なニーズが高まっていることがある。特に日本では他国に比べて出遅れた感も否めず、早急な人材育成が求められている。
国としても総務省を中心に統計教育重視の方針が打ち出され、データ分析を担う人材に係る問題として、社会人や大学生に対するデータサイエンス教育などに加えて、「初等中等教育における統計教育の更なる充実、総合化」が掲げられており、公教育の現場でも関心が高まってきた。
今回のイベントにオブザーバーとして参加した、玉川学園 学園マルチメディアリソースセンターセンター長の伊部敏之氏は、今回のSASの取り組みを「裾野を広げるという意味で、小学生の探求学習の基礎的な部分を担う方法として理想的」と評価した。
「2020年度の小学校の学習指導要領改定に伴い、新しい教育の枠の中では情報活用能力や、プレゼンのような自分の言葉で発する言語力、課題に対する解決力や新たな問題を発見する力など、新たな能力育成が重視されています。今回のような学びを小学生の頃から繰り返し、成功体験を得ることで、社会人に至るまでに『答えの定まらないテーマに向かい合う力』を育むことができるのではないかと感じました」(伊部氏)
また、実践女子大学 人間社会学部人間社会学科の主任教授である竹内光悦氏は内容はもとより、「ファシリテーターが子どもたちに気づきを与え、伝える力を育む方法としても学ばせていただいた」と語る。
「スタッフの皆さんがデータの扱い方や表現の仕方について、教えるのではなく気づかせる手法で伝えていたのが印象的でした。データサイエンス教育は単にデータを扱うだけでなく、どのように伝えると伝わるのか、“伝え方”も重要な要素であることが伺えました。エキスパートの方の生きた言葉遣いも子どもたちには響いたでしょうし、先生や学生たちにも体験させたいプログラムだと思いました」(竹内氏)
そして、伊部氏は、こうした探求学習のプログラムを企業が提供することの可能性についても期待を寄せる。
「これまで教育のほとんどを学校が引き受けてきた感がありますが、そろそろ学校だけでは難しくなってきています。求められるものが増える一方で、学校組織や仕組みはほとんど変わることがなく、教員に掛かる負担が異常に増大していることも大きな問題でしょう。企業や地域の力を借りて分散化し、社会全体で学びの機会を提供することが求められるのは必然であり、そのすみ分けの事例としてもいい機会だと思います」(伊部氏)
「専門家の生きた言葉が魅力的であると同時に、時に伝わりにくいこともあるでしょう。それを教員がキャッチして子どもたちがどう反応するのかを見ながら伝えることで、より効果的な学びが可能になるのではないでしょうか。そのためにも、チューター役として先生とエキスパートが混在したイベントなども有効かと思います。また、キャリア教育としても、新しい職業としてデータサイエンティストの仕事や働き方、社会的な価値を創出する場面を見せることができたらよいでしょうね。ただそのためには、先生側にも新たな職業や仕事に対する理解が必要だと思うので、並行して行えればと思います」(竹内氏)
さらに竹内氏からは親子だけでなく、子ども同士でのグループワークをとり入れることの可能性が語られた。「実際、国際的なデータサイエンスコンクールでは参加条件が2人以上であり、さまざまな人と協力しあいながら課題発見から分析、提言まで行なっていきます。グループワークの楽しさ、難しさを体験できれば、さらに学びとしてプラスになるのではないかと思います」
そして伊部氏は今後について「正解のある問題についてはAIが解決する時代に、これまでの日本の教育は正解のない『生きた問題』に取り組んでこなかったという反省があります。しかし、基礎学習を徹底して行なったことは強みであり、掃除やホームルームなどは優れた『生きた学び』の機会と言えるでしょう。既存の教育を踏まえ、その上で何を変えて、何を加えるのか、今回のイベントからそのヒントをいただいたように思います」と語った。
子どもの好奇心を起点に活動した成功経験の積み重ねを大切に
さて、イベントの方に戻るとしよう。約2時間半の作業を終え、会場では創意工夫に溢れるポスターが完成し、プレゼンテーションまでしばしの休憩タイムとなった。それぞれのテーブルを覗いてみると、いずれも個性的な仕上がり。1日目は一部ながら、次のようなテーマでポスターが作成された。
- 「チョコレートはお菓子の中で何番目?」
- 「ガリガリ君のあたりが出る確率予想と実際」
- 「ポケモンの名前の由来とは?」
- 「JRの遅延の状況とその理由について」
- 「みんなで減らそうプラスチック」
- 「お母さんがバイトをしている焼肉屋さんはいつ忙しい?」
- 「スライムの成分と伸びの関係について」
- 「車と歩きと自転車の違い」
「車と歩きと自転車の違い」をテーマにした宇野浩二さん、十和子さん親子は、自宅から愛知県までの自転車旅行でのデータをもとに分析を行い、ポスターを作成した。
「旅を自由研究の題材にしたいと思っていたのですが、たまたまイベントの募集を見て、まとめ方のヒントになるのではないかと思って応募しました。事前準備では毎日の走行距離の他、1日の行動をタイムライン化して記録するなど、自分で何を記録するのか、付け方まで工夫していたので驚きましたね」(浩二さん)
イベントではSASのスタッフと話しながら、走行距離と時間から速さが分かること、その速さが日によって違うことに気づき、十和子さんに「なぜ」という疑問が生まれてきたという。
「他の日と比べてかなり遅い日があり、地図上では分からなかったのですが、『上り坂が多かった』という体験とつながり、考察を行なっていました。データを分析する際に、数字だけではなく体験があって理解できることもあると。なんとなくそれが伝わったのではないかと思っています」(浩二さん)。
十和子さんも「絵や工作は好きだけど、数字をグラフにするのが難しかった。お姉さん(スタッフ)に手伝ってもらってできたのでうれしかった」と語り、「また来年もやってみたい」と意欲を見せた。
休憩時間に続いてのプレゼンテーションでは、「テーマに興味を持った理由」「どうやってデータを集めたか」「予想と結果は合っていたか」「ポスターを作る際に工夫したところ」などが語られた。
多くの人の前で言葉に詰まったりしながらも、一人ひとりが自分で作ったポスターを誇らしげに掲げ、発表を行なった。実は子どもたちには今日はじめてプレゼンテーションがあることを知らされ、ぶっつけ本番だという。しかし、ものさしで指しながら順に説明を行ったり、予想と結果の差異についての考察を行なったり、新たに仮説をたてて次の分析テーマをあげたり、大人顔負けの熱意のこもった発表に、会場からはしきりと感心する声や笑い声が上がっていた。
ソリューション統括本部ビジネス開発グループ部長の小林泉氏は、「子どもたちの豊かな好奇心が一番感じられた瞬間だった」とプレゼンテーションを振り返る。
「子どもたちのプレゼンテーションを見ているとその上手さに驚かされます。特に自分の好きなもの、興味があるものほど熱が入り、面白いんですね。その様子を見ていて強く感じるのが、人間の活動のモチベーションは好奇心が起点であり、最後までドライブする力になるのだということです。SASも『Curiosity』を企業理念として掲げていますが、探究心の源泉はそこにあるのだと改めて実感しました」(小林氏)
全員がプレゼンテーションを終えると、SASジャパンのスタッフらが審査員となり、投票によって「最優秀賞」「アイディア賞」「ビジュアル賞」「審査員特別賞」「社長賞」の各賞が決定された。1日目の受賞作品は次のとおり。
最優秀賞:湯浅さん「オリンピックのメダルは何個?」
「オリンピックのメダル予想は大きくはずれましたが、その後のデータ分析から予想につながるまでの考察に説得力がありました。手伝ってくれたお父さんに対する感謝の言葉も印象的でした」
写真修正
最優秀賞の湯浅さんのお写真が誤って掲載されておりましたため、修正させていただきました(2019年12月23日)。お詫び申し上げます。
審査員特別賞:奥出さん「電気の子」
「話題の映画になぞらえたタイトル付けが秀逸。天気と電力の消費量の関係を自宅のデータから推測し、的確に考察を行っていました。弟のそうまさんとのテーマ分けもユニークでした」
社長賞:諸戸さん「お化粧はいつからできるの?」
「『早くお化粧してみたい!』という願いのもと、お母さんを納得させるために『いつからお化粧できるか』をデータから検証しました。机に伸び上がってポスターを作っている姿が印象的でした」
アイディア賞:大柿さん「サッカー選手の生まれた月は?」
「大好きなサッカー選手が何月に生まれたのかを調査し、まとめました。予想通り春夏生まれが多く、大柿さんの生まれ月の10月は少なめ。とはいえ10月生まれの選手もいるので頑張ってくださいね」
ビジュアル賞:山内さん「ペチュニアを上手に育てたい」
「ペチュニアの咲き具合と天気の関係を調べ、美しい花のモチーフを活かしてきれいにまとめました。新たに導かれた『ピンクの花は暑さに強い』という仮説をぜひ解き明かしてください」
授賞式後には、玉川大学の伊部敏之氏が約4時間に渡るイベントを振り返り、「皆さんが集中して取り組む姿に感動しました」と感想を述べた。そして、「ここに来るまでに準備をしてまとめてという一連の大作業、そして今日はじめて会った多くの人の前で発表したこともいい経験になったでしょう。こうした経験を重ねていくことが、今後の学びに大切になってきます。ぜひ、ご家庭や学校でも意識して、そうした機会を与えてほしいですね」と語り、締めくくりの言葉とした。