米国における学校ICTの「機能制限・管理主義」は失敗を経験
日本国内の多くの学校では「(先生たちが考える)基本的な学習目的の範囲内での利用」のために、端末の機能や閲覧できる情報、使用できるアプリなど多岐にわたる「制限」と「管理」を行うケースが大半でしょう。しかし、実はこのような「管理主義」的な手法が、学校のICT活用で先行した米国で「失敗」を経験しているという事実があることはご存じでしょうか?
1998年、米国の国際教育テクノロジー学会(ISTE)が、情報教育基準(NETS)と呼ばれるガイドラインを公開しました。このガイドラインが公開されてしばらく後の2000年代には、携帯電話の普及に伴い児童生徒による情報機器の不適切利用や、ネットいじめなどの問題が表面化しました。学校はそれを回避するために利用規定をつくり、児童生徒とその保護者にサインさせ、統制しようとしたそうです。
しかし、その規定を守らなかった場合の具体的な法的手段がないこと、生徒や保護者がその規定の内容を理解せずにサインしているといった問題が表面化しました。結果として前出のNETSは2007年に大幅に改訂され、教師や生徒、学校の管理職が知っておくべき情報機器利用の「倫理的な」基準が明記されました。これが、デジタル・シティズンシップです。
さらに2016年、NETS-S(Sは生徒用の意)は改訂を重ね、その思想が米国外にも広がり、デジタル・シティズンシップに基づいた教職員研修が世界中で始まったとされています。2017年のNETS-Sでは「相互につながったデジタル世界における生活、学習、仕事の権利と責任、機会を理解し、安全で合理的・倫理的な方法で行動し、規範となる」と、デジタル・シティズンシップの考え方が表現されており、これを児童生徒が段階的に理解することで、批判的思考と創造者としての責任を学び、善き使い手、社会の善き担い手を育成できる、と示されています。(本段落の内容は、大月書店『デジタル・シディズンシップ コンピュータ1人1台時代の善き使い手を目指す学び』坂本旬、芳賀高洋、豊福晋平、今度珠美、林一真の第一章、坂本旬氏の部分より引用しています)
デジタル・シティズンシップの教材「コモンセンス」の日本語翻訳活動
ではデジタル・シティズンシップを、米国ではどう学んでいるのでしょうか? そのための教材が「コモンセンス・エデュケーション」です。学年別に6つの領域の教材が用意されており、半数以上に数分の動画がついています。教材の一部は日本語訳されており、その翻訳活動に携わっているのが、取材させていただいた豊福晋平先生と今度珠美先生です。
コモンセンス・エデュケーションの動画では、ICTの活用について最低限の指針だけ示し、「こうあるべき」という答えや結論は示されません。さまざまな考え方を示した上で「さてあなたはどう思いますか?」と、主となる問いを投げかけます。
すでに日本語への吹き替えが完了している「5年生向け:私のメディアバランスを見つけよう」では、「食べ物や衣服と同じように、どのメディアを選んでどう使うかは『あなたの選択』であり、自分が心地よい選択や使い方の『バランス』を見つけよう」と、児童生徒主体での構成で、しかも答えは一人ひとり異なっていいというスタンスであることが読み取れます。
一方、これまでの学校におけるICTリテラシー教育は「情報モラル教育」という言葉に代表されています。その多くは「こういう使い方はやめよう」と、あらかじめ結論が決まったものを講習形式で伝えるものです(当然、例外もありますし、すべての情報モラル教育が規制・制限ありきではありません)。そして豊福先生は「年に1回、外部から講師を招いて、ICTやSNSのリスクを強調する講習を『情報モラル教育』と称している学校が多いのではないか」と懸念を示しています。