PowerPointを使った授業はつまらないのか?
私は2012年に株式会社シェアウィズを設立し、創業から今に至るまで一貫して動画ベースの社会人向けのオンライン学習サービス「ShareWis」を運営してきました。ShareWisは、研修会社、出版社、個人の先生など、さまざまな方が動画ベースのコンテンツを掲載、販売できる学習コンテンツプラットフォームです。現在は1000講座以上のコンテンツを個人向けに展開するとともに、人材系大手企業やeラーニングシステムの会社と連携して、法人向けにもコンテンツを展開しています。
たくさんのコンテンツを取り扱う今でも、「何が学びに資する学習コンテンツで、何がそうでないコンテンツなのか?」という疑問は私の関心事のひとつです。その疑問に関する暫定的な答えを、東京工業大学で行われた「TEDxTitech」で発表させていただいたり、弊社のブログで発信したりしています。過去に書いたブログ記事「パワーポイントのスライドを使った授業が恐ろしくつまらない理由」では、PowerPointを使った授業では、先生が黒板に向かって話しながら書く授業に比べて、先生の思考の過程を生徒が「追体験」することが難しいケースが多いことを指摘しました。
上図は、記事で指摘したかった問題点を図示したものです。
先生は、知識も経験もあるため、「黒板にまとめられた内容」という完成物をアウトプットすることができます。一方、生徒に最終的な答えや先生の思考をまとめた完成物のみを提示するだけでは、生徒が先生の思考の過程を追体験することができず、知識や経験を蓄積することが難しい場合があります。
ここで注意していただきたいのは、何もPowerPointなどのツール自体が悪いのではなく、授業のデザインに問題があるということです。また、内容や分野によっては完成物の提示のみで学習者に学びを届けられる場合もありますし、学習者の学ぶ能力が高い場合には完成物の提示だけで事足りる場合もあります。後者の極端な例では、将来プロアスリートになり得るような運動能力が高い子どもは、先生がバク転する様子を一度見ただけで(完成物の提示)、頭の中で体の動かし方をリハーサルし(追体験)、思った通りに体を動かせる能力があるため(知識、経験)、初見でバク転ができてしまうそうです。すごいですね。
追体験だけでは足りない? 学習効果をより高めるためには
学習用の動画の見せ方として、「スクリーンキャスト」には定評があります。スクリーンキャストとは、パソコンなどの画面を動画で撮影し、声を吹き込んだもので、主にプログラミングや各種ソフトウェアの操作方法の習得で活用されます。
講師の説明の通り操作を進めることで、完成物を自分の手で作ることができ、プログラミング系では「写経」、ソフトウェア系では「チュートリアル」などと呼ばれることがあります。
スクリーンキャストは、学習に動画を活用する方法として、追体験を提供できる画期的な手法だと思います。
余談ですが、筆者は学生時代に大いにテレビゲームにはまりましたが、会社を経営している今、ゲームにはまってしまうと仕事がおろそかになってしまうため、スクリーンキャストで作られたゲームの実況動画を見て、ゲームをやったつもりになって(追体験)満足しています。
スクリーンキャストは完成物を作る体験を通じ、スキルを身につけたつもりにしてくれますが、写経しただけでは応用力が身につかないなど、学習効果に対する疑問点も指摘されています。
弊社に動画講座を掲載している講師の方にも、スクリーンキャストを使った学習コンテンツを掲載されている方が多くいらっしゃいますが、人気の講師の方から、その疑問に関して、ハッとさせられる言葉をもらったことがあります。
「私たちは『レクチャー』を作るのではなく、『教材』を作らなければならない」
ここで言う「レクチャー」とは、一度だけ受講して、二度と見ることがなく、知識や経験の蓄積にも資さないコンテンツを指します。たとえ写経のような追体験的な要素を持ったコンテンツであっても、受講者に何も残らないのであれば、学習コンテンツとしての価値は低いと言えます。一方「教材」とは、ここでは受講することで学習者の血肉となるようなコンテンツで、複数回の受講を前提にしているなど、きちんと消化するのに時間がかかるようなものを指します。
「教材」としては、例えば語学のリスニング教材など、繰り返し聴いて耳に覚えさせるものや、数学の教科書などページ数は少なくても、読みこなすのに時間が要するものなどが挙げられます。また、プログラミングのスクリーンキャスト動画でも、演習を通じて、応用力の効く概念を習得できるものなども「教材」と言えます。
先ほどのように図示すると以下のようになります。
上図の通り、「教材」とは追体験など、受講者と教材とのインタラクションを通じて、知識、経験の蓄積になるよう、うまく設計されているコンテンツです。