学生たちの「意外な」反応
データサイエンス系の科目を対面とオンデマンドで併立するというのはユニークだと筆者は感じたが、気になるのは学生たちの反応である。それらオンデマンド授業を含めた「AI・データサイエンス・スタディーズ」全般に関して、開講して1年余りの実績ついて聞いた。
まず気になるのは1年次の必修科目「DS・ICT入門」であり、筆者はそれについて「離脱する学生(単位未取得者)は多く出ませんでしたか?」と質問した。
「いえ、それほど出ませんでした。他の科目と同程度の割合です。もちろん、苦手意識の強い学生はある程度いるので、それは仕方ないと思っています」と竹内教授。
ただし、離脱した場合も補習授業を行うことはなく、翌年度に再履修してもらう。必修科目なので当たり前とはいえ、文系大学ではこの辺りのさじ加減が難しい。
次に気になるのは、早稲田大学データ科学センターと連携したオンデマンド授業である。ほぼ同じ内容の授業が対面とオンデマンドで併設されるのであれば、多くの学生は対面を選択するのではないかと筆者は考えていた。なぜなら、データサイエンス系の科目はPC等を使用する演習が多く含まれるので、対面で教員から丁寧に指導される方が学習しやすいからである。しかし、実際にフタを開けると、まったく予想しない結果であったと竹内教授は述べる。
「履修者数は対面よりオンデマンドのほうが多いですね。オンデマンド授業は開講してまだ1年余りですが、延べ約450名(実数で約250名)の学生が履修しています。オンデマンド授業は技術的な制約で1科目あたり150名という上限を設けていますが、それを超える希望者の科目さえあります。一方、対面では履修者が最も多い科目でも約80名です。明らかにオンデマンドの方が人気です」
意外に感じた筆者はその理由について聞いたところ、竹内教授からは次のような回答があった。
「私は、女子大ならではの『真面目さ』が一番の理由だと思っています。もちろん、自宅や土日・夜間など好きな場所や好きな時間に学習できるといった、オンデマンドの一般的なメリットもありますが、システムのログを分析すると、動画を繰り返し視聴して不明な部分を復習していることが分かります。見返せるからオンデマンドを選択しているのです。この真面目さは『女子大ならでは』ではないでしょうか。私は他の女子大で非常勤講師もしていますが、やはり同じような真面目さを感じます」
つまり、オンデマンド授業は女子大と相性がよいという考察である。これはデータサイエンス系の科目に限ったことなのか、それとも東京女子大学に限った話なのか、それは定かではないし、検証も難しいであろう。しかし、現実を見れば、これは有益な知見のひとつであり、他校の参考になるはずである。
次に、授業内容の理解度について質問したところ、竹内教授の回答はさらによい意味で期待を裏切るものであった。
「オンデマンド授業は早稲田大学の学生を対象としており、導入以前は『少しレベルの高い授業内容なので、本学の学生がついていけないのでは?』と心配していましたが、それはまったくの杞憂でした。問題なく学習を進められています。もちろん、学期の関係で本学用に一部カスタマイズしていますが、学習レベルとしては遜色ないと考えています」
これも先ほどの真面目さと関係しているのであろう。オンデマンド授業は時間をかけて理解すればよいのであり、真面目な学生ほどきちんと学習できるはずである。
以上、「AI・データサイエンス・スタディーズ」の施策内容と実績を紹介したが、これらの実現はひとえに竹内教授の実現力と熱い思いによるものだと、筆者は印象を持った。必修授業でいえば、同大学は小規模とはいえ1学年27クラスもあり、1年生全員に27クラス×2セメスター(学期)の授業を提供するだけでも大変な労力である。非常勤講師を多く確保し、教育の質も担保する必要がある。また、対面とオンデマンドの両方の授業の準備に加えて、(本稿では触れなかったが)科目修了者に対して公式なオープンバッジを授与したり、企業と連携協定を締結して学生向けのイベント等を開催したりと大忙しである。
これほど多数の施策を短期間で実現することは、並大抵の努力ではできない。大学教員の末席に身を置いたことがある筆者から見て、この数年間竹内教授がいかに苦労したか推し量れる。文字通り、頭の下がる思いである。
本事例から得られる示唆とオンデマンド授業の可能性
本稿では東京女子大学の取り組みをご紹介したが、これは「早稲田大学データ科学センターとの連携の事例」として他の範となるレベルだと筆者は考えている。特に「地方」にあるため、情報系の教員確保に苦慮している多くの大学にとって、この事例は朗報である。今回は東京女子大学AI・データサイエンス教育研究センターと早稲田大学データ科学センターというセンター間の箇所間協定であるが、これが北海道や沖縄の大学であっても構わないはずである。その考えについて竹内教授に意見を求めると、「その通りだと思います。あえて言えば、東京よりも地方の方が役立つはずです。まさにデジタル化の恩恵ですよね。こうした連携事例が社会の役に立てばうれしいです」とおっしゃっていた。
もちろん本件は、女子大ならではの真面目さ、そして何と言っても竹内教授の尽力などさまざまな複合要因による成功事例だと拝察するが、それでもこのようなロールモデルの存在は、今後同様な取り組みを目指す大学にとっては非常に大きなよりどころとなるであろう。そのようなことを考えながら、筆者は武蔵野にある瀟洒な女子大学のキャンパスから帰路についた。
東京女子大学の竹内敦司教授の挑戦と熱意は、デジタル教育に新しい風をもたらしてくれるかもしれない。筆者としては、今後も同大学と竹内教授の取り組みを陰ながら応援していきたい。
