学生がコアメンバーとして活躍する「DXラボ」
──まずは香川大学で「DXラボ」が立ち上がった経緯を教えてください。
八重樫理人氏(以下、八重樫):DXラボは2021年5月に設立されました。2020年にコロナ禍へ突入し、香川大学もオンライン授業を開始しましたが、インフラが整っていたこともあって問題なく実施できたんです。その勢いに乗って、学長から「DXを推進してほしい」と依頼があり、僕がDX推進をリードするCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)の役割を担うことになりました。ただ、外部のベンダーからシステムを導入する予算はありませんでした。
そこで声をかけたのが、2018年に新設された創造工学部でデザイン思考を学んできた学生たちです。アジャイル的な発想で素早くシステムを作るとなると、「学生のほうがうまくやってくれるだろう」という期待がありました。
最初は僕の研究室の学生と一緒に、ノーコードやローコードのツール(コードを直接書かない、あるいは簡単なコードのみでシステムを開発できるツール)を試し、技術検証をしていました。当時の職員からは、本当にそういったツールでDXのシステムを開発できるのか、懐疑的な眼差しもあったと思います。
──ゼロからコードを書かずに、ノーコード・ローコードのツールを採用したのはなぜですか。
八重樫:継続性とスピード感のある開発のためです。もちろん、データを取得するために外部サービスとの連携はしています。学生たちは自分でプログラムを書ける技術力を持っていますが、DXラボでは素早く開発し、ナレッジを組織にためることに主眼を置いているので、開発はノーコード・ローコードの同じプラットフォームに統一しています。
──大学のDX推進組織として、ここまで深く学生が参加したケースは、当時めずらしい事例だったかと思います。
八重樫:学生にただ手伝ってもらうのではなく、大学組織として「学生主体で推進する」と決めて取り組んだのは日本初だったのではないでしょうか。
最初にこのやり方を学長に提案した際、「面白いからぜひやってよ」と背中を押してもらえました。当時、コロナ禍でアルバイトができる場所が減ったこともあり「積極的にエンジニアの学生たちに活動の対価を払ってほしい」とも言われました。
また、学生にとってはインターンシップの役割も果たせると思っています。僕は東京の大学出身で、教員としてもしばらく東京にいたのですが、香川大学に来てからは環境の違いを感じていました。例えば東京では「午前中は大学にいて、午後から企業との打ち合わせや勉強会に参加する」といったことが簡単にできますが、香川だとそういった機会は少ない。
DXラボでは企業のインターンシップさながらに、学生が開発を経験できます。香川大学の職員が実際に使うシステムを開発し、ユーザー(職員)と一緒に要件定義をして、運用保守や改修も彼らが行う。通常はインターンシップで企業に行かなければできなかったことを、学内にいながら経験することが可能になりました。開発体験を通じてエンジニアとして必要なスキルを身につけられる場となっています。
さらに、大学にとっても意義は大きいと言えます。香川県は大都市圏と違ってITベンダーやエンジニアが不足しているので、自分たちで腹をくくってやるしかない。そのような意味でも、学生と教職員が協力して取り組むことが必要不可欠だったのです。学生ががんばって開発していると、職員も前向きにDXに協力してくれますから。
──DXラボは「仮説検証型アジャイル」で開発していると伺っています。こちらはどのような手法なのでしょうか。
八重樫:仮説検証型アジャイル開発は、すばやくプロトタイプ(試作品)を作って検証し、少しずつ改良していく段階的な開発アプローチです。設計書を作って時間をかけて作り込むよりも、まずは1回モノを作って、みんなで見ながら意見を言い合ったほうがうまく開発が進みます。何もない状態で打ち合わせをすると、現場で使う職員から「あの機能もこの機能もほしい」と多すぎる要望が寄せられることもあります。ですから学生には「1回目の打ち合わせから、想像でいいから何か簡単なプロトタイプを作ってみたらどう?」と促しています。
また、それまでシステムを使ったことのない教職員にとっては、得体の知れない怖いものが出てくる不安があるかもしれません。実際に目に見えるプロトタイプがあることで、安心して要望を出してくれたり、システム開発に協力的になったりしてくれる印象です。