企業が実際に採用している“Red Hat Enterprise Linux”で即戦力を目指す
学校法人岩崎学園 情報科学専門学校が採用している「Red Hat アカデミー」とは、国内では2016年にスタートした、レッドハットが提供する学校法人向け技術者養成プログラム。システム管理やクラウド環境構築、業務システムの開発といったコースが設定され、学生のうちから実践的なスキルを身につけることができる。カリキュラムはハンズオン(実際に手を動かす演習)が中心で、Linuxシステムの環境構築、実務的な管理・運用、JBoss/Java EEによる業務プログラミングを学ぶ。
Linuxは、WebサイトやWebアプリを提供するサーバーや、プログラミング開発のためのシステムに多く採用されているオペレーティングシステム(OS:コンピュータの土台となる基本ソフト)だ。Linuxそのものはオープンソースソフトウェアだが、Red Hat Enterprise Linuxは、レッドハット社のサポートが受けられるため、企業が業務で導入するLinuxの中ではトップシェアのOSだ。
また、Java EEは、Webアプリ、データベースアクセス、ネットワーク機能などが必要な業務システムに特化したシステム開発環境だ。JavaはOracleが提供するプログラミング言語で、C/C++、C#などと並んで標準的な言語のひとつとなっている。
つまり、Red Hat アカデミーを修了した学生は、企業で実際に使われているシステムの基本操作はもちろん、現場ですぐに環境構築やプログラム開発が可能なスキルを持った人材として社会に出てくるわけだ。また、Red Hat Enterprise Linuxは世界中の企業が利用しているOSであり、アカデミーのカリキュラムや認定は、グローバルで通用するものだ。
なお、学校側にLinuxやRed Hatに詳しい教師、講師がいなくても、トレーナー向けの支援プログラムも用意されている。
課題解決力は教室の外で学ぶ――21世紀型スキルを目指す教育方針
今回、Red Hat アカデミーを導入した情報科学専門学校は、コンピュータや情報処理の専門学校として30年以上の歴史がある。同校の教務部教務課 課長であり、実際に学生を教える講師の立場でもある武藤幸一氏は、同校の教育方針について、次のように語る。
「以前は、プログラミング技術を教えることに主眼を置いていましたが、現在は学生の課題解決能力、答えのない問題へのソリューション提案を重視したカリキュラムと指導に重みを置いています」
これらの能力は、「21世紀型スキル」として文科省の新しい教育改革の指針や2020年からの新学習指導要領にも盛り込まれているものだ。
同校では、実務に即した演習課題、卒業課題として、自治体や地元企業の協力を得て、実際のビジネス上の課題を提供してもらい、学生にその提案やシステム構築を任せている。例えば、シャッター商店街の振興についての提案や、介護現場でのIT活用の提案、またそれらの開発に取り組んだ事例などがあるという。
武藤氏によれば、学生が教室に閉じこもることがないように、外部案件などで外の社会や企業とつながることを心掛けているそうだ。同様に、教員もコミュニティ活動や学会活動など積極的に行うようにしているという。
そういった方針の中で同校は、Red Hat アカデミーを採用した。武藤氏は、以下のように語る。
「本校では、実践的な演習、外部案件を活用した卒業課題に、Red Hat アカデミーのOpenStack Administrationというコースを利用しています。これは、OpenStackというクラウドプラットフォームを活用して、企業が現実に必要とするサーバー環境を構築するスキルを習得させるプログラムです」
OpenStackを利用して、プライベートクラウドを構築し、その上で業務システムを開発・運用するというのは、実際の企業システムでもよくある事例だ。学生は、Red Hat アカデミーで学習することで、現場と同じ環境、同じシステムでサーバー構築、保守・運用スキルを身につけることができる。
実務に近い形で、システムやインフラ(サーバー、ネットワーク、ミドルウェア)構築を体験学習する。現場と同じ環境だからこそ、自治体などの外部案件も演習としてこなせる。
事例ベースのカリキュラムで、現場の課題を体験する
グローバルで展開されるRed Hat アカデミーは、海外では大学での導入が多い。通常の授業に加えて、学生のキャリア支援、実践的なスキル習得のため、このアカデミーを利用している。
グローバル市場では、ITをビジネス戦略の一部として考えている。そのため、海外企業の多くは、ITシステムを内製化する動きが活発だ。ITスキルを持つ人間は、ソフトウェアベンダーだけでなく、金融、流通、製造業、サービス業でも重用される。大学もそれに合わせて、学部に関係なくコンピュータサイエンスやプログラミング講座を取り入れることがある。
学生たちも、専攻を問わず最低限のITスキルは必要と考えて、こういったコースを受講するという。社会人も市場の変化に対応するため、セカンドキャリアとしてITやAIを大学で学びなおしたり、キャリアセミナーに通ったりしている。
武藤氏ら同校の取り組みは、このようなトレンドを国内で先取りする形で行われている。Red Hat アカデミーもそのひとつだが、これを採用した理由は大きく2つあるという。
「ひとつは、カリキュラムにストーリー性があり、学生が課題システムの必然性や機能を理解しやすいという点です。Linuxでもコマンドを覚えるだけならよい本はいくらでもあります。また、そのための実習もさまざまな方法があります。しかし、アカデミーのカリキュラムは、章ごとに現実の作業のようにシナリオが進むため、実務経験に近い知識やスキルが身につけられます。
学生には、『これは重要だから』『覚えるべきものだから』と教えてもダメです。それが何のためのもので何ができるのかといった知識や情報の必要性を感じたものでないと覚えようとしません。そのため、カリキュラムのリアリティやストーリーは重要なのです」
演習のための演習では、実践的なスキルは身につかないということだ。体系的な学習や理解しやすさを優先すると、どうしても現実的ではないシステムの課題になりがちだが、実際の導入事例やケーススタディをベースにしたアカデミーのカリキュラムは、現場でも応用しやすい。
もうひとつの理由は、演習用の環境構築がパッケージで半自動化されており、すぐに演習に入れることだったと武藤氏はいう。以前に別のクラウドプラットフォームで、類似の授業を行ったことがあったそうだが、このときは、まず使いやすいクラウド環境が構築できず、サーバーの構築も簡単にできなかった。演習では、1チームしか環境構築に成功しなかった。
学生のモチベーションという意味では、成功体験はやはり重要だ。うまくいかないのが、システムや教材のせいなのか、自分たちのやり方がまずかったのかわからないのは、あまりいい授業とはいえない。
Red Hat アカデミーの演習システムは、授業環境が作りやすいというメリットに加え、出来上がったシステムの評価・検証が可能になっている。これも、授業として展開するために重要な機能だ。
「グローバル指向の学生が増える」との期待も
武藤氏がRed Hat アカデミーを導入したのは、昨年度から。実施してまだ1年ほどなので、導入効果について定量的な分析はできていないという。しかし、学生のグローバル指向が高まったようだと武藤氏はいう。
「基本情報技術者試験など、国内にもいくつかIT系の資格はありますが、やはりCompTIAやRHCEといったグローバルな資格も重視しています。というのは、学生の就職先に外資系企業が増えてきているからです。アカデミー受講との関連はわかりませんが、海外留学に興味を示す学生が増えました」
また、従来の授業では得られなかった成果については、次の事例を説明してくれた。
「力を入れている外部案件ですが、ある学生は昨年度の卒業研究で、横浜市内の政令区の子育て支援に利用するアプリを動かすサーバー環境を構築しました。アカデミーの受講生が要件を満たすインフラを作って、実際に稼働させています。この卒業研究でのポイントは、DevOpsと呼ばれるWebアプリの開発・運用手法について体験的に学べたことです。また、このようなクラウド環境でのインフラ構築は今後重要度が増す領域です。その経験も大きな収穫となるでしょう」
技術の入れ替わりは速い、だからこそ必要な本質の力
最後に、情報科学専門学校の今後の重点分野についても聞いた。「やはりIoTとAIはやらなければならない分野だと思っています」と武藤氏は話す。
ネットにつながるのがPCではなく、センサーや電子機器となるIoTでは、複雑な処理はすべてクラウドで行う必要がある。クラウドを含めたサービスインフラの構築はここでも重要なものとなってくる。そして、このようなシステムでは、機能を少しずつ実装して試行錯誤を重ねる、「アジャイル」と呼ばれる開発手法が一般的だ。
IoTやAIを利用したサービス、Webサービスなどは、ソフトウェアのリリースやアップデートを短期間で繰り返す必要がある。アジャイル開発、DevOpsと呼ばれる運用形態だ。そこでは、クラウドや仮想化といった技術がさらに注目される。例えば、「コンテナ」や「マイクロサービス」という手法で、ポータビリティの高いアプリを実装、展開(デプロイ)していくクラウド利用スタイルが広がっている。
Red Hat アカデミーは、コンテナ技術、マイクロサービス技術にも対応するという。武藤氏はこの新しいカリキュラムの導入も検討している。しかし、単に新しい技術に対応することは本質ではないとする。
「即戦力というのは本当は深いもので、最新技術の表面的な知識の有無ではありません。新しい技術やコンピューティングスタイルがいくつも立ち上がり、今は入れ替わりも速い時代なので、特定の知識やスキルを単に覚えるだけでは不十分と思っています。3年後、5年後も有効な知識・スキルを身につければ、新しい技術が出てきても、習得はそれほど難しいものではありません」
システム構築、インフラ構築、そしてそれらの管理・運用ができた上でこそ、新技術、新ソリューションが生きてくる。武藤氏は、この点も重視して全体のカリキュラム設計に取り組んでいる。