教育と行政の環境変化に柔軟に対応するための「公募」
──高橋教育長ご自身が就任から間もないタイミングで、民間からの教育行政職の採用に踏み切った背景を教えていただけますか。
高橋氏(以下敬称略):大きな理由としては教育をめぐる環境、そして行政をめぐる環境の変化です。まず、教育環境は大きなうねりを伴いながら変化しており、「一斉授業で先生が知識を教え込む」スタイルから「子どもたち自身が学びをつかみ取る」スタイルに変えていく必要があると考えています。文部科学省は「個別最適な学び」「協働的な学び」を掲げていますし、鎌倉市もまさに今、子どもたち自身が学びの中心にいて、自身で学びのハンドルを握り、学び取っていくという教育活動に転換しようとしています。GIGAスクール構想で整備された1人1台のiPadもこの動きを後押ししています。
行政も扱う課題が多様化し、かつ専門性が増すことで大きく環境が変化しています。その一方で、行政はこれまで基本的にジェネラリストを養成してきました。人材採用についても新卒の一括採用が基本で、中途採用はほとんどありません。民間企業では中途採用の割合が多くを占めており、ジョブ型雇用[※1]も増え、どんどん違う世界観になってきています。ただ人材不足だと嘆くのではなく、行政も採用戦略を変えていかなければなりません。
今回、教育と行政の両方に軸足を置き、スペシャリストとして活躍してくれるような人にぜひ仲間になってほしいと考え、公募を決めました。都道府県レベルでは実施した例もありますが、市区町村レベルではまだ珍しいと思います。約100名の応募者の中から小泉さんを含め4名の教育行政職を採用し、それぞれの能力や適性に合った配属先の課で早速活躍してくれています。
──その公募を経て採用された小泉さんは、どのような思いで応募されたのですか。板橋区の区立小学校で教員をされていた際は「子どもたちが1000人の大人と出会うプロジェクト」(過去記事参照)を実現するなど、教育起業家としても活動されてきました。なぜ鎌倉市への転職を選んだのでしょうか。
小泉氏(以下敬称略):「1000人の大人と出会うプロジェクト」は子どもたちのためにやったことですが、結果的に多くのメディアに取り上げられ、多くの方からの視察も受けました。注目していただけた一方で、まだ発展途上の私の実践が、さも正解であるかのように扱われたり目標のように見られたりすることに苦しさを感じるようになったんです。
もともと私は教育現場が「成長できる場所」であってほしいと思っており、多くの人にそう感じてもらうことで、学校現場に関わりたい人が増えると考えていました。そして、その象徴が必要だと考え、私自身がいろいろな挑戦をしてきました。でも「『小泉志信』自身にしかできないことをやり続けて、どれほどの価値があるのだろうか」と疑問を感じるようになったんです。
「私だけができること」や「その学校だからできること」というのは、先生や校長などの管理職が変わればその想いの灯が弱くなってしまう危険性もあります。そう悩んでいたときに鎌倉市の募集の話を知り、この想いの灯を持続可能なものにしていくには行政にアプローチするべきなのではと考え、応募を決意しました。
高橋:小泉さんは教員として第一線で活躍していましたが、今は少しレイヤーを引き上げて、普遍化や抽象化といったことにチャレンジしているのだと思います。私自身はもともと文部科学省にいたので、ある意味逆のキャリアです。だんだんレイヤーを現場寄りにして、今は政策を実装する場にいますが、同じ想いでいます。
私たちは「鎌倉さえよければいい」とはしたくない。私たちの取り組みは、普遍性を持たせることにこだわっています。もちろん、ファーストペンギンとして突破口にはなりますが、その後の道はすべての教育関係者に開きたいと考えています。
例えば鎌倉市では、学校だけではできない教育活動を実現するために「鎌倉スクールコラボファンド」という、ふるさと納税を利用したガバメントクラウドファンディングを実施しています。このノウハウはすべて公開しており、同じ手法で実施する自治体も増えてきています。
[※1]職務内容を定義して、条件を明示して合意した上で採用、雇用すること。