(※本稿は「CodeZine」からの転載記事です)
あくまで「プログラミング」を学んでもらいたい
――御社では通常のプログラミング学習に加え、マインクラフトを利用した学習コースも開講されています。なぜマインクラフトを取り入れられたのでしょうか。
上野:マインクラフトを正式に取り入れたのは2015年の夏でした。Tech Kids CAMPというワークショップで行ったところ、とても人気があり、2016年の春からは常設のスクールでマインクラフトコースを開講しました。
端的には、ポテンシャルを感じたというのが採用の理由です。マインクラフト自体がゲームとして爆発的な人気があり、子どもたちの関心が非常に強いんです。騒がしいところでも「マインクラフト」という言葉だけで子どもたちに振り返ってもらえるくらいです。
海外で教育利用が進んでいること、プログラミング教育に使えることも知っており、ゲームの人気もありましたので、取り入れてみたんです。そして最初から手応えがあったため、継続的な開講に繋がりました。
――ゲーム内にレッドストーン回路(論理回路)など教育利用できそうな要素はありますが、御社ではゲーム内でプログラミングができるようになるComputerCraftEduというMOD(ゲームを拡張する追加データ)を使用されています。これは最初からそうすると決めていらっしゃったのでしょうか。
上野:誤解されている方もいるかもしれませんが、現時点では通常のマインクラフトにはプログラミングをする機能はありません。他社さんの教室ではマインクラフトを使ってチームワークを養ったり、レッドストーン回路を組んで論理的思考力を養ったりする教育に取り組んでおられるところもありますね。
プログラミングと論理的思考力は繋げて捉えられがちなのですが、弊社では論理的思考力と声高に言わないようにしています。あくまでプログラミング。副産物として論理的思考力は向上すると思いますが、そこはメインではありません。ですから、ビジュアルでもテキストでも「プログラミング」ができるComputerCraftEduを使用しています。
レッドストーン回路については講座に少し含んでいますが、これをもってプログラミングというのはやや語弊があると思いますので、明確に区別しています。
プログラミングに興味を持ってもらうきっかけとして最適
――マインクラフトコースはどういった参加者が多いですか?
上野:まず全体的な話として、2、3年前は親御さんがIT関係の仕事をしている方が多かったんですが、最近ではプログラミングの必修化もあり、ご自身はプログラミングの経験がない方がほとんどになってきました。
親御さんの意識としても、プログラミングがこれから大事になると以前から分かっていた方、メディアで言われるようになって意識し始めたという方、子どもがやりたいから連れてきたという方、と何パターンかいらっしゃいますね。
いくつかコースがある中で、マインクラフトコースは他と比べてお客さまの層がやや違っていると感じています。今までは親なり子どもなりがプログラミングに関心があってコースを選ぶのが普通でした。ところが、マインクラフトに関してはゲームの人気が強すぎて「マインクラフトで何かできるらしい」というきっかけでお越しいただくこともあります。
親御さんには、「お子さんがはまっているゲームを通して今話題のプログラミングを学びませんか」とお伝えすることで、共感していただけることが多いですね。
お子さんのほうも、必ずしもプログラミングに興味があるわけではないというケースも多いです。まずはマインクラフトに多大なる興味がある。それをフックにプログラミングに興味を持たせられるかどうかが我々の腕の見せどころです。
――ゲームを未プレイの子が参加することは少ないのでしょうか。
上野:一定数いますね。自宅ではプレイしていなくても、学校で超人気なのでやってみたいと思っていた子が意外といるんです。そういう子は本コースで初体験することになります。
弊社としては、最初から興味や意欲があった子、最初はそうでもなかった子、どちらもプログラミングを好きになって、作品を作り上げてもらうことを目標にしています。ですから、マインクラフトのプレイ経験、あるいはプログラミングの経験は問いません。
――参加者の反応はどうですか?
上野:お子さんは没頭して楽しんでいますし、親御さんも作品発表会で我が子の作品を見て感心、感動されているようです。
作品としては、本来自分でキャラクターを操作して作るような建築物を、MODで導入するタートルに自動で作らせるものです。ですから、完成品だけでなく、タートルにどういうプログラミングを打ち込んだのか、どうやって建築していのかというプロセスも発表してもらっています。
親御さんに対しても、お子さんがどういうプログラムを作ったのか、どこを難しいと思ったのかという「考えた痕跡」を見てもらうことができ、とても好評です。
――作品が完成していく様子を見せる・見られるというのは楽しそうですね。
上野:ただ、マインクラフトの魅力に勝つのは難しく、実習中はTNTで何か壊したくなったり、ブタがいたら追いかけたくなったり、あるいはマルチプレイのときは他の子にちょっかいをかけたくなったりしてしまうんです(笑)。ですので、プログラミングの継続学習には必ずしも最適なツールではないかもしれないと考えています。
マインクラフトはそもそもプログラミングを学ぶために作られたゲームではないので、これで継続的に学習し続けること自体に無理があるのでしょう。しかし、プログラミングを知るきっかけ、学び続ける興味を抱いてもらうツールとしては非常に優れています。
弊社では春休み、夏休み、冬休み、ゴールデンウィークとシルバーウィークに数日間集中してプログラミングを学ぶTeck Kids CAMPを実施していますが、2017年春のキャンプはiPhoneアプリやWebアプリはもう扱わず、マインクラフトとScratchに特化する予定です。
――きっかけ作りに注力するということですね。
上野:アプリ開発はインターフェースが大人向けで、テキストでいろいろ打ち込まなければいけません。プログラミングに慣れてきた段階ならいいんですが、多くの子にとってタイピングは大きな壁になってしまうので、導入としては必ずしも最適ではないと思っています。
ちなみに『Minecraft: Education Edition』が提供されていますが、これは共同作業や論理的思考力など、プログラミングとは直接関係のない能力を養う目的のものですね。
タイピングが高いハードルに
――マインクラフトコースを受講し卒業したあと、本格的なプログラミングを学ぶコースに入る子もいるのでしょうか。
上野:もちろんいます。その顕著な例として、小学2年生のときにGameSaladというツールでゲームを作るコースに入った子がいます。そのあとScratchを学び、次にJavaScriptでウェブアプリを開発するコースに入ったんですが、どうしてもテキストコーディングが面白くなく、Scratchに戻って継続学習していました。
その後、マインクラフトコースが始まりました。その子もマインクラフトが大好きだったため、今度はこちらのコースに。そこでComputerCraftを使ったテキストコーディングをやってみて、テキストコーディングへの抵抗感がなくなったようで、今またWebアプリのコースに入り直して取り組んでいます。
嫌いだったテキストコーディングすらも、マインクラフトを通すと楽しくなってしまう。マインクラフトが持つパワーを感じますよね。
――タイピング、テキストで打つというのは壁になってしまうのですね。
上野:そもそもアルファベットの理解がまだ完全ではない年頃ですし、日常的にスマートフォンやタブレットを使っているならタイピングにも慣れていません。それを強制させられるというのは、我々が写経を強制させられるのと同じようなものでしょう。
最初からテキストコーディングをする必要はまったくありません。やりたいことがマインクラフトやScratchで収まらなくなり、自然と発展的なことに関心を持てるようになったら始めればいいのではないでしょうか。機械的に特定の年齢になったからテキストコーディングを始める、というのはよくないと思います。
いずれにせよ、小さな子どもが初めてプログラミングをするにあたって、タイピングは大きなハードルですね。
親に必要とされるマインクラフトリテラシー
――そうした知見が『親子で楽しく学ぶ!マインクラフトプログラミング』に盛り込まれているのですね。
上野:ゲーム内で使用しているMODのComputerCraftEduにはビジュアルエディタとテキストエディタがあります。ビジュアルエディタの場合はボタンやブロックを組み合わせてプログラミングを行うので、タイピングができないことはあまり苦にはならないでしょう。
また、スクールでも本書でも、なるべくマインクラフトの世界観を活かし、ゲームの延長線上で楽しめるように工夫しています。マインクラフトで2x2の立方体を作っても面白くはなく、村や城を作ったほうが楽しいからですね。本書には学んだことを駆使してチャレンジするクエストを掲載しました。
――本書の対象読者としては、どういったイメージをされていますか?
上野:小学校中学年くらいが一番いいのかなと。マインクラフトの操作性も低学年を想定していないと思いますから。しかし、親御さんと一緒なら低学年のお子さんでも充分楽しめるのではないかと考えています。その場合、親御さんにマインクラフトリテラシーが必要になりますね(笑)。
――御社のコースに来られる親のマインクラフト経験はどれくらいなんでしょうか。
上野:子どもが学校で情報を仕入れてきて、親がPC、スマートフォンにインストールしてあげたという家庭が多いようです。親御さんの声として、「子どもがマインクラフトばかりやっている……」という声はよく耳にします。
――だとすると、最初にMODを導入して環境構築するところが最難関かもしれませんね。
上野:そうなんですよ。以前行ったTech Kids CAMPでもマインクラフトを使用しましたが、そのあと弊社の電話がひっきりなしに鳴っていました。
マインクラフトでプログラミング学習環境を実現する場合、「マインクラフトのアカウントを購入する」「本体をダウンロード・インストールする」という行程は当然として、「MODを導入するためのMODであるForgeを組み込む」「ComputerCraftEduをインストールする」というわりと複雑な作業があります。Scratchならワンクリックなんですが(笑)。
これらの環境構築にはたしかにハードルがあります。やはり、ComputerCraftEduは本来的にはゲームの目的外使用であることは理解しておいていただきたいですね。
子どもの「やりたい」という気持ちに寄り添う
――最後になりますが、本書、またマインクラフトコースで大切にされていることを教えていただけますか?
上野:マインクラフトコースの主眼としては、プログラミングにもともと興味がある子はもちろん、「プログラミングって?」という子にこそ面白いと感じてもらいたいと考えています。
別の機会にScratchなり別のツールや言語などに触れたとき、「これ、マインクラフトでやったことがある」と思ってもらえると嬉しいですね。経験は自信に繋がりますから。
本書もコースも、マインクラフトの中で行っている、ということをとても意識した設計にしています。マインクラフトでなくてもできることをやっても仕方ありません。マインクラフトが好きな子たちだからこそ、マインクラフトらしさがないと退屈してしまいます。
たとえば、目の前の家のドアに入るには、プログラミングでパスワードを解かないといけないようなステージを用意することで、プログラミングがゲームの攻略方法となります。つまり、プログラミングができたらマインクラフトをもっと楽しく遊べるようになるわけです。
こうした設計になっていると、ゲーム内の必然性に従ってプログラミングを学んでいけますよね。子どもたちが「やりたい」という気持ちになったところに知識を与えてあげると、喜んで学び始める。我々は子どもたちのそういう気持ちを一番大切にしています。