現状、電子黒板(IWB)やデジタル教科書、学校タブレットについては、教材メーカーやITメーカー、関連する各種業界団体などが、それぞれ独自に、情報発信したり、システムやカリキュラムの導入支援、検証を行ったり、積極的に教育の情報化、ICT利活用に取り組んでいる。
しかし、一方でシステムは地域ごと、学校ごとにバラバラだったりする。情報は共有できても、活用や運用段階でソフトウェアやコンテンツの交換ができないといった問題も起きている。PC、タブレットそのものについてはハードウェア、ソフトウェアともに既存の規格やグローバルスタンダード(国際標準)が存在するので、大きな混乱はないが、それでもソフトウェアの互換性、データの互換性はあまり高くない。セミナーでは、そんな現状を背景に、標準化の役割などを改めて認識させてくれるものだった。
共通プラットフォームで可能になること:SCORM
セミナー最初の講師は、上智大学 理工学部 田村恭久氏。田村氏は、コンピュータを使った教育(支援)の考え方、コンセプトは新しいものではないとする。デジタル教科書の論文は1960年代までさかのぼることができる。人工知能の研究でさえ、そのころから存在し、1980年代には第2次ブームがあり、現在のAIブームは第3次人工知能ブームといえる。コンピュータの歴史も、IBM System 360(1964年)から始まり、PDP-11、Apple II、Windows PC、スマホ・タブレットという進化の過程ごとに教育プログラムやツール、サービス、電子教材が発達してきている。
現在は、電子黒板、PC・タブレット、クラウドサービスなどによって、教育ICTは実用技術として現場への導入が進んでいる。背景にはネットワーク技術やコンピュータの性能向上などがあるのはいうまでもない。テクノロジーの進歩によって、80年代、90年代に大学や研究室レベルで行われていたICTを使った教育が実用レベルまで押し上げられてきた。
田村氏は、「日本の教育ICTは、ネットワーク環境、ハードウェア、ソフトウェア含めて高い水準にある」と述べる。しかし、個々のツールやシステムを連携させたり、標準的なソフトウェアやコンテンツを自由に交換するという面では十分とはいえない。コンテンツの品質、信頼性、安全性を考えると、あえてクローズドなシステムにするという理由もあるのだが、今後、教育の情報化を進めるにあたって、標準化が意味を持つと言う。
例えば、e-Learningシステムは、一般にLMS(Learning Management System)というプラットフォームを持ち、教材はLMSの仕様に従って開発される。LMSを介することで、教材コンテンツは動作環境(PC、ネットワーク、デバイスなど)の違いを意識せず開発することが可能になる。
しかし、LMSは提供企業や団体によって異なるため、互換性の問題がある。A社の教材は当然B社のLMSでは使えない。そこで、e-Learningでは「SCORM(Sharable Content Object Reference Model)」という標準規格が存在する。SCORMでは、扱う情報のフォーマットや単元ID、学習者IDなどが規定されており、これに準拠する教材、LMSなら開発者、提供者を問わず利用できる。
データ交換に関する仕様は規定されるが、コンテンツの中身やカリキュラムなどは対象外なので、教材の独自性は担保される。
SCORMにより、例えばある単元に関する教材を探しているとき、提供会社の枠を超えて多様な教材を探すことができる。学習者IDを共通で管理できれば、ある教材の成績や履歴を別の教材間で引き継ぐこともできる。
学校側も教材の選択肢が広がり、調達コストを下げることができる。提供会社も、標準化に従うことで開発コストを下げたり、他社教材と組み合わせた新しい教材やサービスの開発が可能になる。全体として電子教材の品質向上にもつながる。
コンテンツや教材、あるいは学習者のIDやデータフォーマット、教科や単元、内容、カリキュラムなどのメタ情報が標準化によって定められていれば、教育の情報化、テクノロジーの利用が広げやすくなる。これが、標準化の意義だ。