対面とオンライン教育を組み合わせた授業スタイルへの転換期
1994年に日本初の実践的産学協同のクリエイター養成スクールを設立した後、2004年にはデジタルハリウッド大学大学院、翌2005年にはデジタルハリウッド大学を開学し、ビジネス×ICT×クリエイティブの高度人材を多数輩出し続けているデジタルハリウッド。デジタルハリウッド大学の在学生数は約1200人と小規模ながらも、経済産業省が2020年5月に発表した「令和元年度大学発ベンチャー実態等調査 結果概要」によればベンチャー創出数は11位と、イノベーションの創出に貢献している教育機関として知られている。
今回のセミナーで講師として登壇した石川大樹氏は、デジタルハリウッド大学大学院で専任助教として教鞭をとりながら、10年以上動画教材の開発責任者として、インストラクショナルデザインの観点から動画教材の開発や学ばせ方の研究・実践に従事してきた。
「このセミナーでは今一度、オンライン教育の基礎的な知識から、動画づくりが未経験の教員へ促すための知識や技術、オンライン授業を設計するための知識について説明するとともに、オンライン授業導入で学生の劇的成長を実現できた実践事例を紹介していく」と述べ、石川氏はセミナーを開始した。
コロナ禍により、多くの大学教員は対応に追われた。だが、ようやくオンライン教育に慣れてきたタイミングで対面授業へ戻り、また今年に入り緊急事態宣言が出された。「どうすればいいかわらからない教員も多いのではないか」と石川氏は問いかける。
教育現場のあり方は変わりつつある
オンライン教育は新型コロナ対策として有効だが、決してそのためだけのものではない。「今はまさに対面とオンライン教育をうまく組み合わせた授業スタイルへと転換していく時期にある」と石川氏は強調。なぜなら、今後はオンライン学習ネイティブが高等教育機関に入学する時代になっていくからだ。
実際に、教育現場のあり方は大きく変わりつつある。例えばデジタルハリウッド大学では2020年4月から全授業をZoomによる遠隔授業に切り替えた。教員は授業に専念できるよう、Zoomの操作といった授業の運営は大学スタッフとティーチングアシスタントが対応した。ちなみのZoomアカウントは教室別に作成し、授業ごとに担当者が切り替えて使用している。
海外の事例としては、2012年に設立された米ミネルヴァ大学が有名である。同大学はキャンパスが存在せず、授業は完全オンラインで、世界7都市を移動しながら学ぶ全寮制の大学だ。授業の75%を学生同士のディスカッションが占め、教員はファシリテータに徹する。「能動的な学習ができている奇跡の大学」と石川氏は紹介する。
また2020年4月に東京にも開校した、フランス発のエンジニア養成機関「42」は、厳しい試験に合格する必要があるものの、授業料は無料の学校だ。教員の指導はなく、難問を学生同士で調べて解決するピアラーニングを採用。また常に同じ相手では慣れてしまうため、毎回違う人とペアを組む仕組みが確立されている。さらに、一定のレベルになると就職に有利な認定も行われる。
これらの学校に共通しているのは「学生が自ら学びたくなる仕掛け」を取り入れている点だ。「これまでの『指導する、教える』ことが中心の教育現場が、能動的な学びを促す仕掛けによって変わりつつある。コロナ禍の今こそ、学習者が主役の学びをつくるチャンスだ」と石川氏は力強く視聴者に訴えかける。
オンライン教育で動画を使う効果
オンライン教育と一口に言っても、「ライブ配信型(講義・ワーク)」「課題提出型(レポート・課題・テスト)」「動画学習型(オンデマンド)」の3種類があり、この3つを組み合わせたものは「ハイブリッド型」や「ブレンディッド型」と呼ばれる。
動画を使う効果は3つある。第一に音声と画像の組み合わせによって、高い理解度と記憶の正確さが得られることだ。例えばブライダル系の専門学校で「三三九度」を解説する際、教科書の写真や口頭での説明だけではうまく伝わらない。だが説明に動画を加えると理解が早くなる。
第二にミラーニューロン効果が得られること。他者の行動を見ることがシミュレーションにつながる。石川氏が紹介したのは、看護師の介助実習の例。所作をお互いに自分のタブレットで撮影し合い、その動画を元にディスカッションやフィードバックを行うというものだ。「動画を予習・復習で視聴することはシミュレーションとしての効果が高い。これがミラーニューロン効果だ」と石川氏。
第三に繰り返し学習ができること。人間は忘却する生き物だが、カナダのウォータールー大学の研究によると、適切なタイミングで19分程度復習すれば、当初の記憶を維持できるのだという。石川氏は「最適なタイミングであれば、短時間の復習でも記憶を定着化できる。これらの動画のメリットをしっかり把握し、動画を授業に取り入れていくことが重要」と語る。
オンラインでの動画教材の活用方法は「オンデマンド学習活用」「辞書的活用」「事前知識習得活用」「保持・転移活用」と4種類に大別できるが、それぞれメリット・デメリットがある。
オンデマンド学習活用は、できる学生はどんどん進められ、できない学生だけをフォローできるメリットがある。その一方で、全員を指導する実感が持てない、授業に参加しない学生の進捗は把握できないといったことはデメリットとなる。
辞書的活用では課題解決型の学習になるため、学習への取り組み度が上がるが、個々の学生のニーズに沿った動画をすべて用意することは難しい。
事前知識習得活用は、授業参加の条件とすることで能動的な学習を促せるため、ディスカッションなどの学習者を主役とした授業が展開できる。一方で、動画を見てこない学生がいた場合の対応は検討する必要があり、また動画をベースにした授業設計にせざるを得ず、柔軟性に欠ける問題がある。
保持・転移活用では、自分で所作を撮影するので、自分事になるということに加え、動画共有でほかの学生から学びの気づきが得られ、授業中に理解できなかった場合も動画で救済されるなどのメリットがある。しかし、授業後のフォローの工夫が必要となる。
これらの活用法におけるメリット・デメリットを踏まえた上で、「動画の適切な活用」「能動的な学習の仕掛け」「対面授業はアウトプットの場」という3つのポイントを融合することが重要だ。「学習者が主役になれる授業とは、自分事だと思える授業を指す。動画をうまく組み込み、ディスカッションや実習、発表など、学習者がメインの授業へ変えていくことが望まれる」と石川氏は述べる。
学生に当事者意識を持たせる学びとは
だが、オンライン教育はただ実施すればいいものではない。「学生に当事者意識を持たせる仕掛けをつくることが大事」と石川氏は指摘する。動画と対面授業、課題にはそれぞれ異なる役割がある。動画は基礎を学ぶ教材で、その成果の発表の場が対面授業、そして能動的学習の仕掛けとして課題が存在するということだ。
では、こうした仕掛けが組み込まれたオンライン授業はどのように設計すればいいのだろうか。石川氏はその手法として「メーガーの3つの質問」を紹介した。「この質問をクリアするだけで整理できる」という。
メーガーの3つの質問は以下の3つを指す。
- Where am I going?(どこへ行くのか=目標)
- How do I know when I get there?(たどりついたかどうかをどうやって知るのか=評価)
- How do I get there?(どうやってそこへ行くのか=教授法)
デジタルハリウッドでは、動画教材開発にあたり、まず専門講師に上記3つの質問が入った講座コンセプトシートをつくってもらっている。「こうすることで動画教材を開発する前に内容の整理ができる」と石川氏。そして授業のどの部分に動画を組み合わせるかを考えていく。
また、わかりやすい動画教材をつくるには大きく2つのポイントがあるという。1つは15分以内にまとめること。東京大学の池谷裕二教授が行った実証実験によると、人間の集中力は15分周期となっており、学習時間を分割した45分間(15分×3回)でも、60分間の学習と同等の学習効果が得られたという。もう1つのポイントは「4±1(The magical number 4)」を基準に動画をつくること。これは人が一度に、短期で記憶できる量を表す。つまり動画を15分以内に分割し、それぞれに要点を3~5つずつ入れるのが「わかりやすい動画教材をつくるためのコツ」というわけだ。