韓国におけるICT環境と活用事例などについての報告が行われた「国際セッションI」のコーディネータも務める山西潤一教授(日本教育工学会 会長、富山大学 名誉教授)が冒頭であいさつをした。
「日本では2020年からプログラミング教育が開始されます。オーストラリアでは『プログラミング教育』という言葉はあまり使われておらず、『3次元カリキュラム』に基づいた教育が進められています。これは、21世紀型スキルを子どもたちに身につけてもらおうと、国として推進しているカリキュラムです」(山西氏)
オーストラリアで推進される「3次元カリキュラム」の教育
3次元カリキュラムとはどういうものか、大きく3つに分けて説明する。第一に、いわゆる勉強らしい教科。「国語(英語)」「算数(数学)」「理科(科学)」「人類学・社会科学(歴史、地理、経済・ビジネス、公民などを含む)」「芸術」「保健体育」「外国語」、そして「テクノロジー(デザインテクノロジー、デジタルテクノロジー)」がある。
第二に「ジェネラルスキル」。「一般的な」という意味を持つ「ジェネラル」が用いられているのは、これからの時代、一般的に持っておくべきスキルだとオーストラリアでは考えられていることの表れ。具体的には「言語的能力」「論理的能力」「ICT活用能力」「批判的思考(クリティカルシンキング)・創造的思考(クリエイティブシンキング)」「自己理解と社会的能力」「異文化理解」「倫理観と道徳」を意味する。
そして、第三に「先住民の歴史と文化」「アジアとの関係」、そして学び続ける姿勢をどのように育成していくかという「持続可能性」。このような3次元カリキュラムを国が定め、それに基づいて州政府も関わり、最終的に各学校が実践している。
山西教授は登壇者であるオーストラリア・クイーンズランド州のアシュモア・ステイト・スクールのマーガレット・ジェームス校長についてこう語った。「オーストラリアには何度か足を運んでいますが、非常に感銘を受けた校長先生です。諸外国では学校の目標が目に見える場所に書かれていることがよくあり、同校では『Proud to Shine』という言葉を掲げ、一人ひとりが輝ける教育に情熱を注いでいます。また、『I Do』『We Do』『You Do』といった言葉がいたるところに書かれ、まず自分でやってみよう、いっしょにやってみよう、という雰囲気が校内にあふれています。先生から一方的に学ぶだけでなく、これぞアクティブラーニングという姿がそこにあります」。
アシュモア・ステイト・スクールではSTEM教育(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マスマティックス(数学))を統合した教育に取り組んでいるが、同校はICT環境に特に恵まれているわけではない。オーストラリアはBYODを推進し、一人に1台のコンピュータ、という州もあるものの、同校は違う。「どちらかというと、日本の平均的な公立の学校に近いでしょう」と山西教授は語り、言葉を続けた
「私がコーディネータとしてマーガレット・ジェームス校長をお呼びしたのは、地域においてどちらかというと学力や学校評価の低かった同校を、校長として7年かけて、地域で最高の学校といわれるまでに育てたからです。管理職である校長のリーダーシップによって学校は変わるのです。そのあたりをお話しいただきたいと思います」(山西氏)
ICT学習や活用のポイントは保護者の理解と協力
山西教授による紹介を受け、マーガレット・ジェームス校長は、にこやかに登壇した。「当校はキンダークラスから10年生まで(日本でいうと幼稚園から中学3年生くらいまで)36クラスあって、生徒数は880名。その数は今も伸びています。当校はコミュニティも大切にしていて、生徒のご両親をはじめ、民間の企業ともお付き合いがあります。さまざまなクラブ活動があり、コンピュータクラブ、サンシャインクラブ、メディアクラブなどに保護者も参加し、ホームワーククラブもあります。これはつまり、宿題クラブなのですが、私は宿題というものをあまり評価していません。夕方から夜にかけ、子どもたちには家族と過ごす時間を大切にしてほしいのです」と、ジェームス校長。
同校が宿題をほとんど出さない理由は、他にもある。宿題の多くがICT関連で、保護者にとってプレッシャーになるからだという。そのため、保護者向けにICT機器の使い方などをアドバイスしている。また、学校または幼稚園に子どもを初めて通わせるという保護者に対し、ICTとの関わり方についての情報提供も行っている。
経験を積むことで多くのリーダーが育つ
「当校ではスタッフ全体でのミーティングは10週間の間に、つまり1学期に2回だけ。それ以外は学年ごとや、低学年なら低学年ごと、というようにステージごとにミーティングを行っています。また、私が前に立って授業をするより、各先生にリーダーシップをとっていただいたくほうがいいと思っています。リーダーは経験を積まないと育てることはできませんから。事実、このような取り組みにより、おかげさまで非常に多くのリーダーが育ちました。何人かは、このクイーンズランド州の教育省に昇格した方もいますし、また、副校長先生になった人もいます。一般的に見ればまだ若い年齢でありながら、もうすぐ校長先生になるという人もいます」。ジェームス校長は自信を持って語る。
「とはいえ、校長の役目というのはもちろん、あります。みんなをリードしたり、指導したりするだけではなく、スタッフをサポートすることも重要です」と、ジェームス校長は断言した。
人々の中には変革に飛びついて、あっという間に変わる人もいるが、変化をイヤがる人も少なくない。オーストラリアであろうと、世界のどこであろうと、ほとんど同じといってもいいかもしれない。「新しいことに取り組む際は、変化を好まない人のことも考える必要があります」と語る、校長の言葉には実感がこもっていた。